

1990年夏、2度目の海外一人旅である。
前回のインド旅行が1981年であったから、9年ぶり。その間にも旅行はしているが、まあ観光旅行である。
それではこれが観光ではないかというと、紛れもない観光であるから深く考えないでいただきたい。個人的な分類であるから。
ちなみにインドの前に行ったのは国内ヒッチハイク旅行で、9年ばかし遡る訳であるから、私は9年毎の男のようである。とても旅行好きなどとは言えないのかもしれない。
90年夏、ひょんなことから仕事に区切りがついてしまった。設計を完了した建物が、景観保全のためということで建築中止になってしまったのである。もちろん条例は守って設計していたのだが、確認申請を中断して条例を制定するといった離れ業を行政(倉敷市)がやってのけたのである。当時の私は、設計事務所の一社員であり、発注者と設計事務所長及び行政とのさまざまな取引やり取りに深く関わってはいなかったが、言いようのない無力感と、張り詰めた糸が切れたような虚脱感に襲われてしまった。
旅行に出ることを決めてからは早かった。
2週間もしないうちに発ったように記憶している。
会社を休む口実は「イタリアの建物を勉強する。」
しかも、「雰囲気を味わいに行くためで、成果を期待されても困る。」
などと、言ってしまったようにも覚えている。
まあ、クビ覚悟の申し出ではあった。
幸いなことにクビにはならず、無事出発できたのであるが、クビになっていたほうがホームページのネタとしてはおもしろかったかもしれない。
そのうち文章を加えるかもしれないが、当分の間(おそらくはずっと)写真だけのページ。