<天理・大本・キリストの神典研究:51>
 終末について


  世は終末の状況がますます深まって来ており、それにともない終末論も盛んであり人々も大きな不安を感じているが、
今の世は遅かれ早かれ滅びる事は既に決定しているのであるから当然の成り行きとも言える。
終末とは終わりであり限り有る有限ということである。
したがって終末をもって臨み主張する神・宗教は有限であって永遠ではない。
終末をもって臨み激しく主張した宗教大本教が弾圧で潰されることは型である。
現在及びこれからの週末状況・今の世の滅びは永遠の理想世界地上神国天国実現に至る過程であり段階である。
滅び破壊という立替えは建設という建直しと一つに繋がる立替え立て直しなのであり、また、このことは悪神(サタン)と悪神支配の世の滅びでもあるから、真の神の側に立つ者にとっては恐怖することではないのである。
終末に在るのは悪神悪の方である。また、しゅうまつを乗り越える道・方法として御魂磨きということが重要視されるが、
御魂磨きは本来、宇宙の進化の法則に従っての人間完成の為に行うものであり、神のお気に入りとなって終末から救ってもらおうとかいうことで行うのは不純であり誠ではない。
(真の神・主神はそのようなことを嫌う)
御魂磨きにも様々な道、方法があるが、基本的なものとして親神主神をさらに踏み込んで神幽現三千世界を呑み込む大いなる「いきもの」と感得してその「いきもの」の内に自己を投げ入れ没入して一つになって生きる。
(筆者はこのことを自らの魂を鎮静させ神の内に入る。帰る真の鎮魂帰神と呼んでいる。)
日常生活で正しい日本語と、美しい言葉を話し用いることを心掛ける。(筆者はこのことを言霊生活と呼んでいる。)
この二つをここに提唱する。
尚、終末に関して世界の一元支配を目論む見えざる世界政府(神典アナリストの中矢伸一氏はイシヤと呼んでいる)
の存在が取り沙汰されるが、嘗て大本は大正14年(1925年)6月9日人類愛善会を創立したがその趣意書には、「大本は人類愛善の大義を発揚し、全人類の親睦融和を来たし、永遠に幸福と歓喜に充てる光明世界を実現するため、最善の力を尽くさん事を期す。
抑も人類は未来兄弟同胞であり、一心同体である。此本義に立ち帰らんとすることは、万人霊性深奥の要求であり、又、人類最高の理想である。・・・
吾等は此際躍進して、或いは人種、或いは国家、或いは主教等総ゆる障壁を超越して人類愛善の大義に目覚め、此厄難より脱し、
更に進んで地上永遠の光明世界を建設しなければならぬ。」
とあるが、要は人類愛と共存共栄でありこれは見えざる世界政府が世界的に宣伝している自由平等博愛と共通しており、その指向するところは、
見えざる世界政府の目標の一つである世界統一政府・統一社会と重なるのであるが、このことは大本が見えざる世界政府の型でもあった事を意味している。
さらに大本は御陵威(みいず・みいつ天皇の御陵威光)為本の皇道経済を提唱しているが、天皇家は従来よりユダヤと関わりがあるといわれており、また、天皇の先祖神アマテラスオオミカミ(天照大神)を祭神とする伊勢神宮の伊勢は、
『・・・イスラエルのかえしは「イヒ」となる。スラエのかえしが「セ」であるから、それで伊勢がイスラエルにあたるというのである。
「ル」は助辞(じょじ)である。』
(出口王仁三郎聖師『玉鏡』たまがえしの二、三種より)
<かえしたまがえしとは、言霊学の運用法で言葉を一音に縮めること>であるから御陵威為本の皇道経済はユダヤ経済ということになる。
したがって皇道経済を提唱した大本と大本が創立した人類愛善会が弾圧で潰されたことは見えざる世界政府と、その目標の一つ、世界統一政府・統一社会とユダヤ資本を使っての経済戦略破壊の型であった。
また、大本は大正9年(1920年)大正日日新聞を買収して日刊新聞を通じて立替立て直しの主張を天下に宣伝したが、大正10年(1921年)
2月12日の一次弾圧の要因の一つともなって、結局二年足らずで終わりを迎えたが、これは見えざる世界政府のマスコミ戦略挫折の型であった。
大本の活動を詳細見れば見えざる世界政府の型であることが判明する。
(例えば世界宗教連合会は世界統一宗教の昭和青年会等の軍事教練は世界統一軍隊のそれぞれの型)
また見えざる世界政府を霊的に操っている悪神の滅びの仕組も既に完了しているし、悪神に仕組も9月8日の仕組で完成の一つ前で止めを打たれる。(「蛇の滅び」「9月8日の仕組と富士鳴門の仕組」参照)
尚、見えざる世界政府の改心によって地上神国天国に至るとの主張もあるが、見えざる世界政府の滅びは悪神の滅びと共に確実であり決定している。

今、及び、これから大事なことは、終末論に振り回されたり終末を声高に叫ぶことではなく、世が仕組通りに成って行くのを冷静に見届けつつ立て直しに心魂を傾けることである。

神代も今も同じ世を

みな末の世と思うあわれさ

黒住宗忠


2008(平成21)01.27 小田 朝章・記

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