<天理・大本・キリストの神典研究:54>
日月神示について
日月神示について
現在、神の経綸の本流をなす神示として日月神示(ひつきしんじ)が注目されている。
日月神示は昭和19年(1944年)6月10日千葉県成田市の麻賀田(まかた)神社境内いおいて、
元大本信徒の岡本天明氏に
伝えられたのが始まりで、以後、凡そ16年間にわたって伝えられた。
内容は、三千世界の立て替え立て直しについてのもので「ミロクの世」「やまと魂」等のことも説かれているが、
詳しいことは神典アナリストの中矢伸一氏が詳細な解読書を多く出しておられるので、それをお読みいただきたい。
この日月神示が初めて伝えられた朝賀田神社の本殿の屋根には、カゴメ教(ダビデの星)がついている。
カゴメ教は竜神のシンボルマークであるから、日月神示は竜神の所から始まったことになります。
中矢伸一氏が指摘されているように日月神示は竜神の神示ということになる。
(カゴメ教については、「竜神の話
」参照)また、日月神示はクニトコタチノミコト(国常立尊)の直流であり、ワカヒメギミノミコト(稚姫君
命・稚日女岐美命)の伝達といわれるが、
クニトコタチノミコトは伊勢神道で伊勢神宮外宮の祭神トヨウケノオオカミ
(豊受大神)と
同体のアメノナカヌシカミ(天御中主神)と一体といわれており、フカヒメギミノミコトは、
「艮の」金神は、世の元をこしらへた変性男子(へんじょうなんし)の身魂であるから、元の関係のその
ままで、末代国をかまわなならん生神であるあぞよ。
その国常立尊のみたまの半分が変化(へんげ)して変性男子の
身魂と
なりておるのが、もったいなくも天照皇大神宮どののお妹ごの稚姫君命であるぞよ。
(大本神論 明治43年4月18日)
伊勢神宮内宮の祭神アマテラスオオミカミ(天照大神・天照皇大神
)の妹である。そして日月神示を伝えた岡本天明氏は、最後の
日月神示「五十黙示録(いせもくじろく)」を
伝えた後、昭和38年(1963年)4月7日、北伊勢の地・三重県三重郡孤野(こもの)町で忙しくなられた。
これらのことから日月神示は伊勢の竜神の神示といえるが、伊勢は大本教において否定される型・
仕組みがなされているのである。
それは明治34年(1901年)京都府が佐郡大江町の元伊勢内宮の水を
授かり、伊勢神宮外宮の祭神トヨウケノオオカミ(アメノミナカシノカミ)と一体であるクニトコタチノミコト
を国祖(根本神)とし、伊勢神宮内宮の祭神アマテラスオオミカミの妹ワカヒメギミノミコトの身魂と神定された出口なお(変性男子)
を開祖とする大本教が弾圧で潰され伊勢の型である京都府綾部市の聖地が破壊されたことである。「九つの魂の滅び」参照。
アマテラスオオミカミの国、大日本帝国が
大東亜戦争でキリスト教の国アメリカに国土を破壊され敗れたのは、この型の移写である。
また、竜神は霊界物語第1巻で人界(じんかい)より一段下に位し、畜生の部類であり竜神を拝祈することはあやまりとされている。「浦島太郎の話2参照」
そして弾圧で潰された大本教は、「綾部の大本は、竜宮館の高天原(かたあまはら)であるから、日本と外国とに立て分けてあるのざぞよ。」(大本神論 明治36年閏5月18日)老宮宮である。)
これらのことから伊勢の竜神の神示の日月神示は、大本弾圧の型・仕組によって否定されることで判るのである。
型・仕組みによって潰される。破壊される。倒される。ということは、