桃の実の救い
  
 先の「浦島太郎の話」に続いて、今回は桃太郎の話の中の、特に流れてきた桃の実について解説する。
 ただし、ここで取り上げる桃太郎の話は、今日知られている桃太郎の話ではない。今日知られている話では、桃太郎は流れてきた桃の実から産まれているが、江戸時代の話では川上から流れてきた桃の実をおじいさんとおばあさんが食べることによって若者と娘に若返った、そしてこの若者と娘に若返ったおじいさんとおばあさんの間に産まれた子供が桃太郎となっている。
 この桃の実を食べておじいさんとおばあさんが若返ったというところに大きな意味が秘められている。
「浦島太郎の話」で述べたように、おじいさん・おばあさん(老人)は限りある有限の生命を表しており(「浦島太郎の話」参照)、おじいさん・おばあさんが桃の実を食べることによって若者と娘に若返ったということは、有限の生命を脱して不老・永遠の生命に転換したという意味となる。したがって、この桃の実は永遠の生命に至る救いの手といえる。

 このような救いをもたらす桃の実の話は、この桃太郎の話だけではなく、古事記や大本の出口王仁三郎聖師口述の霊界物語にもある。
 古事記では、黄泉の国(よみのくに=死者の住む国)に行った伊耶那美命(いざなみのみこと)を訪ねた伊耶那岐命(いざなぎのみこと)が、伊耶那美命のあまりの変わり様に驚き逃げ出した時、伊耶那美命の命令で追いかけて来た黄泉醜女(よもつしこめ=黄泉国の醜い女、死のけがれ)を追い払う話に出てくる。また霊界物語では、第48巻第3篇「愛善信真」に出ている。
 まず古事記を引用しよう。
 
【ここに伊耶那岐命、見畏(みかしこ)みて逃げ還る時、その妹(いも=妻)伊耶那美命、「吾(あれ)に辱(はじ)見せつ。」と言ひて、すなはち黄泉醜女を遣(つか)はして追はしめき。ここに伊耶那岐命、黒御鬘(くろみかづら=植物を輪にして髪の上にのせる魔よけ)を取りて投げ棄(う)つれば、すなはち蒲子(えびかづらのみ=ブドウの実)生(な)りき。こをひろひ食(は)む間に、逃げ行くを、なほ追ひしかば、またその右の御角髪(みみづら)に刺せる湯津津間櫛(ゆつつまぐし)を引き闕(か)きて投げ棄(う)つれば、すなはち笋(たかむな=竹の子)生(な)りき。こを抜き食(は)む間に、逃げ行きき。且後(またのち)には、その八(や)はしらの雷神に、千五百(ちいほ)の黄泉軍(よもついくさ=悪霊邪鬼)を副(そ)へて追はしめき。ここに御佩(はか)せる十拳剣(とつかのつるぎ)を抜きて、後手(しりへで)に振きつつ逃げ来るを、なほ追ひて、黄泉比良坂(よもつひらさか)の坂本に到りし時、その坂本にある桃子三箇(もものみみつ)を取りて、待ち撃(う)てば、悉(ことごと)くに逃げ返りき。ここに伊耶那岐命、その桃子(もものみ)に告(の)りたまひしく、「汝(なれ)、吾(あれ)を助けしが如く、葦原中国(あしはらなかつくに)にあらゆる現(うつ)しき青人草(あおひとくさ=人民)の、苦しき瀬に落ちて患(うれ)ひ惚(なや)む時、助くべし。」と告(の)りて、名を賜ひて意富加牟豆美命(おほかむづみのみこと)と號(い)ひき。】
古事記(岩波文庫)より
 
 次に「出口王仁三郎著作集・第一巻」読売新聞社刊・393〜394頁)より引用すれば、
 
【言霊別命(ことたまわけのみこと)の奥殿より帰り来る間、庭園を巡覧させん」と桃畑に導き給うた。二人は恐る恐る手を曳かれ乍ら、芳き桃樹(とうじゅ)の園に導かれて行く。此処には三千株の桃の樹が、行儀よく繁茂している。そうして、前園(ぜんえん)、中園(ちゅうえん)、後園(こうえん)と区画され、前園には一千株の桃樹(もものき)があって、美(うる)わしき花が咲き、且つ一方には、美わしき実を結んだのも尠(すくな)くはない。此前園の桃園は、花も小さく、又其実も小さい。そうして三千年に一度花咲き、熟して之を食(くら)うものは、最高天国の天人の列に加えらるるものである。そうして此桃の実は、余程神の御心(みこころ)に叶ったものでなければ、与えられないものである。西王母(せいおうぼ)は、二人に一々此桃の実の説明をし乍ら、中園に足を踏み入れた。ここにも亦一千株の桃の樹があり、美わしき八重(やえ)の花が咲き充ち、又甘(うま)そうな実がなって居る。之は六千年に一度花咲き実り、之を食(く)うものは、天地と共に長生(ながいき)し、如何なる場合にも、不老不死の生命を続けると云う、美(うる)わしき果物(くだもの)である。西王母は又もや詳細に桃畑の因縁(いんねん)を説き諭(さと)し終って、後園に足を入れ給うた。此処(ここ)にも亦、一千株の桃樹(もものき)が行儀よく立ち並び、大いなる花が咲き匂い、実も非常に大きなのが、枝も折れんばかりに実っている。此桃の樹は、九千年に一度花咲き実り、之を食(くら)うものは、天地日月と共に生命を等しうすると云う。重宝至極(ちょうほうしごく)な神果(しんか)である。西王母は、此因縁を最も詳細に治国別(はるくにわけ)に諭し玉うた。然し、此桃の密意については容易に発表を許されない。然し乍ら、桃は三月三日に地上に於ては花咲き、五月五日に完全に熟するものなる事は、此『物語』に於て示されたる所である。之によって、此桃に如何なる御経綸(ごけいりん)のあるかは、略(ほぼ)推知し得らるるであろう。西王母は、一度(ひとたび)地上に降臨して、黄錦(こうきん)の御衣(ぎょい)を着し、数多(あまた)のエンゼルと共に、之を地上の神権者に献げ玉う時機ある事は、現在流行する謡曲によっても、略(ほぼ)推知さるるであろう。】

 これらの救いの桃の実を食べることが、永遠の生命に至る道となるのである。
「神の創造原理と知恵の実」で述べたように、聖書では食べることと生きることは同じとされているので、桃の実を食べるということは、桃の実の生き方をすることとなる。桃の実の生き方とは、霊界物語の三千年に一度実る桃の実、六千年に一度実る桃の実、九千年に一度実る桃の実についていえば、この三つの桃の実とは、

【三千年に初めて実る桃というのは、艮の金神様のことである。しかしてその教(おしえ)を聞いたものは天国に入ることを得るのである。桃の実の味、すなわち神の道である。九千年に実る桃、六千年に実る桃とあるのは、第一天国、第二天国の比喩(ひゆ)であって、三千年の桃はすなわち第三天国に相応するのである。】
(出口王仁三郎「玉鏡」三千年に実る桃──より)

 とされているので、三つの桃の実の生き方をするということは、第一、第二、第三天国の生き方をするということになる。(各天国および最奥天国の生き方へ至る道はリンク頁「元の楽園へ帰る道」参照)
 これが有限の生命から永遠の生命に転換する桃の実の救いである。(05.1.15=小田朝章)

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