sorry,Japanese only

平成11年月24日

 

第 11 号

岡山県自閉症児を育てる会


目次

もうすぐ 4月です、アンケートお願いします 
4月例会「第3回 療育的山のぼり」のお知らせ
お母さんのための絵画教室
自閉症児のための水泳教室
今月の電話相談
近隣の講演会等のご案内
「先輩のお母さんを囲んで」に参加して
僕の妹
今月の推薦図書
感覚統合療法 入門
自閉と向き合う ’99 〜3〜

 もうすぐ 4月です、アンケートお願いします 

 桜の木の枝先が、ほんのりとうす紅色にけむったように見えてきました。
北風の中、待ち焦がれていた春がもうそこまで来ているようです。皆様いかがお過ごしですか?
 もうすぐ4月ですね。子どもたちはそれぞれ、進級、新入学、新入園と、これまで慣れ親しんだ先生や環境も変化し、対応も大変なことでしょう。
 そこで、皆様にアンケートをお願いする事になりました。
 新入学、新入園の方は、新しい学校や園で、どのような事に気をつければ良いか、迷いの中、不安の中で今暮らしていらっしゃるのではないでしょうか。
 こう申している私も、5年前の春には、3月20日を過ぎてもまだ就学通知が届かない・・・という状態で、不安とあせりの中で暮らしていました。やっと決まったのは3月の末日近く、大慌てでそれまで買い控えていたその学校の制服や学用品を買いに走ったのを思い出します。
 さて、そんなお母さんの為に、先輩のお母さん達にお願いするアンケートです。
「私が困ったこと」「こうすれば良かったなと思える失敗談」「やってみると、良かったヨ」等々、それぞれの経験からアドバイスしていただければと思います。
 また、担任の先生に我が子のこと、障害のことを理解していただく為に、どんな事を、どんな風に伝えたか、などということもお聞かせください。
 また、賛助会員の先生方や保母さん方にお尋ねします。
「子どもたちのこんな事が知りたい」「家庭では最初はこんな風にしてほしい」「こんな風なことを親御さんと協力していきたい」とかいう事などがありましたらお聞かせください。
 賛助会員のお母さん方にもお願いします。
子どもと同じクラスや、近所に自閉症のお子さんがいたとしたら、「どんな事を聞きたい」ですか。障害についてでしょうか、接し方でしょうか、自由にお聞かせいただけたら幸いです。
 今、不安の中にいるお母さん方の為に、できるだけ早く、できれば4月の会報にでも載せていきたいと思っています。
『書ければ、すぐ出すアンケート』でお願いします。

2月例会「先輩のお母さんを囲んで」に参加して

M.O
 2月23日、ふれあいセンターにおいて「先輩のお母さんを囲んで」に参加させていただき、成人された自閉症のお嬢さんのお母さんでいらっしゃる田中涼子さんのお話を聞かせていただきました。
 大変な苦労をされていらっしゃるのに、お話しされている様子は、本当におだやかで・・、 時折り窓の外を見ながら、自分の歩んで来られた道を確かめるようにひとことひとこと言葉をえらび、 こともなげに話されるのをお聞きしていると、私も息子が成人した時、あんな風に豊かでおだやかな人になれているのかしらと思いました。
 田中さんのお話しは、その後も質問に答えるという形で進められました。
たくさんの療育の参考となるポイントがあったと思いますが、私の考え方と共通するポイントもあって安心しました。
 なかでも『一緒に行動して様子を観察し、パニックを起こす原因をさぐる(何故いやなのか、できないのか)』という言葉が何度もでてきました。
 本当に自分の子供のことをよく知ること… あたりまえのことですが、ついつい起きてしまったパニックにばかり気をとられ、それを静めることに一生懸命になりがちで、「何故いやなのか、できないのか。」 原因をさぐったり、パニックを起こすまえに不安をとりのぞいてやることには、なかなか十分な配慮をしてやれないのが現状です。特に学校の生活については担任の先生と連絡を密にやりとりするようにして、問題行動と思われることには早目に対処して、パターン化しないように心がけています。
 また、『選択することが苦手なので、小さな時から、いくつかの中から選ぶという訓練をした方が良い。』という言葉もありました。
 この点については、息子もとても苦手なことでした。「ジュースをのむ?」と聞くと、「のむ。」と答えられるのに、「ジュースと牛乳、どっちにする?」と聞くと、オウム返しに「どっちにする。」と同じ質問をくり返すだけなのです。
 この質問をすると、“どうやらのみものをくれるらしい”と思うのか、うれしそうにはするのですが、“どちらかを選択するのだ”ということを理解はできていませんでした。園の年長になって、ようやく理解できたように思います。
 
 そして、『他人(ひと)の指導を受けられる子供』。
これは言葉の教室を始められた時、まず「他人に自分の子供を見てもらうことから始めた。」とのこと。親の言葉だけ聞けるのではなく、他人(ひと)の指導が受けられるような子供にしたい、と願われたそうです。これは切実に必要なことだと思いました。
 一般の人がみれば、とても奇異な行動をとっている子でも、
『親が子供のことをわかってやっていればいいことだ』と言う人もいますが、私にはとてもそうは思えないのです。
 親にしかわからない言葉や行動・・・・。でも親が元気でいるうちはいい。親がいなくなった時、どれだけ自立して社会の中で暮らしていけるのかが大切なことだと思います。
 そのために、人の話に耳をかたむけられる子供、人の指導が受けられる子供であってほしいと願い、子供の普段の生活の中に学校の先生方や近隣の人々、そしてお友達とのつながりがかかせないものと思っています。
 期待と不安で始まった息子の小学校生活も早や一年が過ぎようとしています。
集団生活を体験させたい親の願いと、何よりもお友達が好きで一緒に接していたい息子のために、普通クラスに在籍して通級指導を受けていますが、・・一年をふり返ると本当にいろいろなことがありました。
 学校生活は、先生がおどろかれるほど安定してきており、入った頃のようにパニックをおこすことはほとんどなくなりました。いやなこと、苦手なことを克服することはむずかしいのですが、見たくない絵や場面になると、「うら返しにして」、「テレビを消して」等、どうしてほしいのかを言葉で主張できるようになり、小学校に行くようになってから、一段階すすんだようにおもいます。
 我が子が自閉という障害をもって生まれたことは確かに大変なことかもしれません。が、不思議とそれを知った時、泣くというほどのショックも受けなかったし、悲しんだということもありませんでした。それは何と言っても子供自身のあかるさが私達を支えてくれたから、と思っています。
視力検査の練習をさせるとおもちゃの双眼鏡を持ってきてのぞいてしまう子です。
叱っている母親の眉間のしわを両手でのばす子です。
自分のひざこぞうを指さし、「これはたんこぶ?」と聞く子です。
 このすばらしい発想をもった我が子の才能を、将来何とか生かす手はないものか、と真剣に考える私達夫婦ものんきな夫婦でしょうか。
 この子のおかげで、いろいろな人にめぐりあうことができました。いろいろな人と友達になれ、また支えてもらっています。
 田中さんの『仲間を作りなさい。』との言葉にうんうんと納得しながら、又こういういいお話を聞く機会をいつも設定してくださる世話人の皆様に感謝しつつ帰路につきました。ありがとうございました。


 そうですね。私達の会員の方でも、早い人では7年後には・・、義務教育だけだとするともう4年後には、社会へ出て行く・・そんな子ども達の親なんですね。
 その時に我が子が進むべき道を用意しておいてやるためには、・・・やはりなにより必要なのは仲間なんですよね。

 これから始まっていく、我が子達の青年としての、成人としての人生。親同士だけでなく、子ども達にとっても仲間を作ってやりましょう。

 では、2月例会、当日参加できなかった方のために、会場で田中さんが読まれた息子さん(当時は、中学生のお兄ちゃん)の作文を紹介します。
 本当に暖かくて、しかも真摯な文章でした。
もしも今、学校で“いじめ”に悩んでいるクラスがあるとしたら、この文をクラスみんなで読みあってもらえれば・・明日からはみんな変わっていけるのでは・・そんな思いのする文です。

 「お兄ちゃん」は、現在小学校の先生になられたそうです。何も聞かなくても、その田中先生のクラスの暖かさが伝わってくるような気がします。
 では、その『僕の妹』です。


僕 の 妹

高砂中学校三年 K・T
 僕には、二つ下の妹がいます。妹は小さい頃から自閉症という一生治らない重い病気にかかっています。妹の病気のことについて、小さい頃僕は、意識しませんでしたが、あることが、きっかけで小学三年の時から、意識し始めました。その頃といえば、どこかへ行くといったら、たいていは、母と妹と三人で出かけていました。
 そんなある日のことでした。いつものように三人で、遊びに行きました。すると妹が突然、道ばたで「キー」「キャー」と、叫びました。
 そしたら周りの人たちがみんな「なんやこいつ」というような目で妹の方を見ました。そして、僕の方も、そんな目で見てくるんです。その時僕は、逃げ出したいような気持ちでしたが、その反面『なにも知らないで』と腹が立ってきました。
 母は平気な顔でしたが、心の中では、僕以上につらかっただろうと思います。 
 そういう事があってから「僕の妹は、普通じゃないんだ」「ちょっとおかしいんだ」と妹のことを意識し始めてきました。それからというもの、僕は、妹と一緒に外出するのが、だんだん恥ずかしくなり、いやになってきました。学校の廊下で会っても、わざと目をそらし、他人のふりをするようになってきました。
 そして友達にも、妹のことを聞かれるのが、とてもいやでした。例えば「お前の妹どないしたんや、どっかおかしいんちゃうか?」と聞かれたことがありました。その時僕は、恥ずかしいのか、くやしいのか、腹が立っているのか、自分でもわからない今にも泣き出しそうな、いろいろな感情で、胸の中は、いっぱいになってきました。・・そしてその問いに答えることは出来ませんでした。
 そして時には、母に腹を立ててみたこともありました。
『なんで、お母さんは、こんな妹を生んだんだ。もしお母さんが、普通の妹を生んでいたら、こんないやな思いをしなくてもよかったんだ。』
 そして妹を見ていても『どうしておまえはそんなんで生まれてきたんや。どうしてまともに、生まれてこんかったんや。だから僕が、こんなにいやな思いをせなあかんのんやぞ。』と心の中で妹をせめていたこともありました。
 友達の妹や弟は、ごく普通なのに、よりによってなぜ、僕の妹が、こんなんで生まれてきたんや・・・と、どうしようもない、くやしい気持ちでいっぱいになることもありました。
 兄貴の僕でさえ、こんなにくやしい思いになるのに、お父さんやお母さんは、どうなるのだろう。自分の子供がこんな病気になっていると知った時のつらさや、くやしさは、僕のそれの何十倍だったに違いない。と、思うことだけが、その時の僕にとっては、たった一つの逃げ道でした。

 それから数ケ月後のことでした。
 近所のお店に妹がいました。
僕は外で、妹のことを見ていました。妹は、なにやら、ゴチャゴチャと独り言を言っていました。
 そしたら、僕より少し年上の、それもこわそうな人たちが、奥の方で妹の方を見て笑っているのが見えました。少したって、その人たちは、妹の方へよってきて、妹をばかにして楽しんでいました。それを見て、僕は、くやしくて、くやしくて、たまりませんでした。
 しかし、妹をかばいに行こうと思っても、そう思うばかりで、とうていそんな勇気は、その時の僕にはありませんでした。結局僕は、何もできずに、その場にただ立っているだけでした。・・そして、その後僕は、自分が情けなくなってきました。だからもし今度、同じような目にあったら、今度こそ絶対に妹のことをかばってやろう、その人たちに妹の病気のことを、わかってもらうんだ、と思いました。
 それから、二・三日後でした。この前と同じような人たちが、妹の方を見て、ブツブツ言って笑っていました。
 それを見て、今度こそ言ってやろうと、勇気をふりしぼって、妹のいる所に走って行きました。そして、おもいきって、その人たちに言ってやりました。
 「こいつ僕の妹やねん、小さい頃から、自閉症という病気で普通じゃないねん、だから笑ったり、ばかにしたり、せんといたって。」
 すると、その人たちは『なにが言いたいねん、こいつ』という目で僕を見て、怒ったような顔をしていましたが、しばらくすると、どこかへ行ってしまいました。その人たちに、じっと見られた時は、もう怖くて、怖くてたまりませんでした。
 『なんで、僕、こんなこと、言ってもうたんやろ』と、心の中で後悔していましたが、後になって『やっぱり言ってよかったんや。もしこの時に言わなかったら、どうせまた、自分が情けなくなっていただけだ。』と思ったら、なんとなく嬉しく、そして、すごく気持ちがよかったです。
 この事件以来、僕は妹のことが、だんだんと恥ずかしくなくなってきました。そして学校で友達に妹のことを聞かれても、ちゃんと答えられるようになったし、廊下ですれちがっても、目をそらしたりしなくなりました。
 それどころか、声をかけてやれるようにさえなりました。そしたら必ず妹は「おにいちゃんがいるよ。」と言ってくるんです。そういう時は、すごく嬉しかったです。
 そして学校の先生にも、かわいがられていたし、僕にも時々帰ってから、今日何をしていたとか、話してくれるんです。それが、僕にはすごく楽しみだったし、嬉しかったです。
 
 そして、この春に妹が中学校に入学してくることになりました。
妹が入学してくる前の春休み、僕はなんとなく不安でした。二年ぶりに、学校で会うということは、あまり気になりませんでしたが、『こんな妹が、中学校でちゃんとやっていけるだろうか。小学校とはだいぶ違うし、先生方にも迷惑をかけるだろうなあ』と思いました。
 また入学式で、何か失敗しないだろうか、ということも不安でした。その入学式で僕は、代表で、あいさつをすることになっていました。そんなことを考えていると、入学式が来るのがいやになってきて、このままずっと春休み続いてほしいと思っていました。そう思っているうちに、入学式の前日になってしまいました。そしてその夜、妹に「おまえ、明日から中学生になるんやぞ、入学式の時は、うるさくさわいだらあかんぞ。」と言ってやりましたが、妹は、わかっているような、なにもわかっていないような、自分には関係ない、というような顔をしていました。
 ・・・中略(もったいないのですが、残っている当時の弁論大会の原稿の原文が「中略」なのです。)・・・
 妹は、毎日毎日いろんな人たちに、変に思われ、僕たちのように一人では出かけられず、それに友達と一緒に話をしたりすることもできず、ただ毎日を同じパターンで生活しているだけなんです。そういうことを考えるたびに、妹のことが、かわいそうでたまらなくなります。
 そんな妹でもすごいな、と思うことがあるんです。毎日、母と一緒に夕食を作っているんです。それも一人で、ジャガイモの皮や、かぼちゃのあのかたい皮も包丁でむくんです。それも普通の同じ年齢の女の子に負けないくらいか、それ以上に上手に皮をむくんです。それに妹は、カレーを作るのが大好きで、自分でたまねぎやにんじんなどを炒めたりしているんです。
 これを見た時、僕は『こんな妹でも、いつも何かを考えながら、僕たちと変わらないぐらい、いや、それ以上に一生懸命生活しているんだ。自分なりに、せいいっぱい一日一日を楽しんでいるんだ。』と思うようになりました。
 中学校に入学してからも、先生や友達にも小学校の時と同じように、大勢の人たちにかわいがってもらえて、すごくうれしいです。
 そして、今では、妹のことを聞かれても、胸を張って答えられるようになってきたし、僕には、こんな妹がいるんだ、こんな妹がいても、なにも恥ずかしいことはないんだと、だんだんと自分の妹のことを誇りにさえ、思うようになってきました
 こういう言い方をしたら、みなさんには、失礼かもしれませんが、もしどこかで、僕の妹のような人を見かけたら。決して変な目でみたりしないでやって下さい。
 そして一人の同じ人間として、普通の目で、見てやってください。
 

いかがでしたでしょうか。当日の講演会の会場でも、共感の熱い思いが、皆の目頭をあつくさせました。
 「このお話、とてもすばらしかったので、うちの学校の人権教育の時間にも使ってもらいたいので、コピーさせていただいていいでしょうか?」
と田中さんにお尋ねしたところ、「自由に使っていただいて結構ですヨ」とのお返事をいただきました。

 そこで、改めて我が子のクラスに使うだけではもったいないので、会報に全文を紹介させていただきました。自閉症の理解のためにも、いじめに対する勇気をみんなに与えるためにも、この一文がみなさんの役に立っていただければ・・という思いからの掲載です。
 ぜひ、時代(とき)を超えて、この文章が皆さんの心の中に広がっていくことを願っています。


感覚統合療法 入門

若松かやの

 感覚統合療法(以下、SIと略す)は、元来、学習障害児のために、アメリカのジーン・エアーズが開発したものです。
 現在は、学習障害児だけでなく。小児自閉症や知的発達遅滞、重度心身障害児、また老人や精神科でも実施されています。
 当園でも15年ほどSIをやっていますが、私が一番楽しいのが自閉症の子ども達です。
 何故、楽しいのか? それは多分、彼らが私にいろんな事を教えてくれるから・・
「何だ、そうだったんだ。」「へーっ、すごいね。」と、思うような彼らを見せてくれるから・・ かもしれません。
 彼らから教えてもらったことは、これから少しずつお話しして行きますが・・・。
 ドナ・ウィリアムズの出ていたテレビで、彼女は外出する時、サングラスとヘッドホンをつけてましたよね。そして家の中にはブランコがあった。覚えてますか?
 「我、自閉症に生まれて」のテンプル・グランディン。彼女は、牛をおとなしくさせるための「締めつけ機」を自分の身体に使ってみて気分が楽になった経験から、自閉症児のための締めつけを開発して、製品化しています。
この二つの例は、何を我々に教えてくれているのでしょうか。
 エアーズの基本的な2つの考え方があります。

1.脳の上位中枢は、それ以下の下位の部分に依存する。

 ・・・ピラミッドに例えると、脳の上位中枢(つまり、勉強したり、推理したりetc.というような事)は、それ以前の原因的な感覚や運動の中から得られるもの。基礎がしっかりしていないと、頂上に行くにつれひっくりかえりやすくなる。
 だから『基礎をしっかり積み上げて行こう』というような事です。
 SIでは、字が書けないから、計算が出来ないからといって、それを教える事はしません。
それは教育にまかせています。何故できないのかを考えて、そこを、なんとか変えて行こうとします

 

2.子どもは、自分の神経系を成長させるような事を喜ぶように出来ている。

・・誰も教えたわけではないのに、普通誰でも同じような時期に、でんぐりがえりをやったり、ブランコに夢中になったりします。そしていつの間にかやめています。それは、その時期にでんぐりがえりやブランコがその子には必要であり、そしてそれに合った脳神経系が発達したのでやめた、というように解釈できます。
  ということは、逆に考えると、子どもが嫌がることは、まだ彼の神経系に その準備ができていない、という事にもなります。
 SIでは、まず子どもが喜ぶ事をさがします。
例えば、高いところが大好きな子に「こわいよ」「あぶないよ」というような注意はほとんど行ないません。それは彼が今、高いところ、つまり“たて”の運動を行なう時期にあるとも考えられるからです。(一般的には2才の頃、縦の運動を始めます。危なっかしい足取りで階段などを上がっていても、外傷だけはしないように一応そばについていても「あぶない」と言ってやめさせるような事はしませんよね。)
 神経系の発達はバケツに水がたまるようなものです。
どんどんたまる子もいれば、少しずつしかたまらない子もいる。しかしバケツがいっぱいになれば、それは終わって次のバケツが用意されます。
 もしも、子どものやっている事を禁止ばかりしていると、バケツはいつまでたってもいっぱいになりません。確かにあぶない事や、他人から見ると年令相応でない事もたくさんあります。しかし、それはその子にとって必要な事かもしれないわけです。
 エアーズは私と同じ作業療法士(OT)でした。
以前アメリカのOTでウェルタ先生という方の「作業療法」についての話を聞いた事があります。
『 子どもを動かすのは、パワー(Power)ではなく、フォース(Force)です。』
PowerもForceも、日本語に訳すとどちらも「力」ということになるので、誰かがその違いをたずねました。
『ヨットを動かすのは何ですか? それはPowerではありません。ヨットを動かす風はどこから来るのでしょう。その元がForceです。』
英語は得意じゃないので、いまだにはっきり Power と Force の違いはわかりません。辞書をひいても Force に日本語として良い意味が載っているわけでもありません。
 ただ20年もいろいろな子どもに接していると、口頭での指示や力(Power)ではなく、確かに子どもを動かす何らかの力が存在しているのは感じます。
 子ども自身が、自分でやりたい事を見つけて(それが彼を成長させるものであることは当然ですが)、それを彼自身がうまく成功させていくことができるように援助してあげること。それが、教育でも、訓練でもなく、“治療”であると私は考えています。

これまで「育てる会会報」はHPに全文をUPしていましたが、容量等の事情により、一部抜粋にさせていただいています。
今後は、会報は会員の方への郵送でお届いたしますので、ご希望の方は賛助会員に申し込みをお願いします。
詳細は「
育てる会 HP」に記載しています。

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