お気楽な哲平くん   幼稚園の卒業文集より

 このお気楽もん!

 最近、我が家では、哲平のことをこう呼びます。
 親の苦労を知らぬ気に楽しそうな彼に、おもわずこちらもつられて 笑ってしまう、そんな毎日です。

 哲平を連れての外出は、気を許せない緊張感があります。
どこへ行ってしまうかわからないので
,手をしっかり握ってないといけません。
 スーパーなんかでは、欲しい物がいっぱいあって、それを我慢させるのに苦労します。
なだめすかして、やっと家に帰りついた・・ホッとした
途端、ニッコリ笑いながら、

お出かけ、お出かけして!」・・と、私に向かって言います。

何考えとんのジャー、このお気楽もんが…・

 

 

 ・・秋の夕暮れ時、ふと気がついてみると、哲平の姿がみえません。
塀を乗り越えて、どこへ行ったのか、かいもく見当がつきません。
 あっちこっち捜し回りますが、見つかりません。
 「秋の陽は つるべ落とし」と言います。
あたりは、段々暗くなってきます。

 

 そんな時、畑で仕事をされていた方が、小さな男の子を見かけたと言われました。
声をかけたけれど ドンドン山の方へ行ってしまった……と、言われるのです。

 哲平に間違いありません。山の奥の天神の滝のほうへ向かって行ったらしいのです。

 

 さあ、大変です。途中には、池もあるし....。悪い事ばかりが、頭をよぎります。
人を呼びに行っている暇は、ありません。時間は、どんどん過ぎて行きます。
胸の動悸は、早鐘のようです。登り坂で思うように足は、進みません。
あたりは、すっかり暮れてきて、何やら恐ろしい気配がします。

 

哲ちゃーん哲ちゃーん」いくら呼んでもあたりは、シーンとして、何の答えも返ってきません。
哲平にもしもの事があったらと思うと.....どうしよう。
目を離した私が悪いんです。

 

 「神さま、私に てっぺいをかえして」口の中で懸命にとなえながら、必死で登っていきました。 

 すると、向こうのほうにボーッと淡く白い服らしいものが見えるではありませんか。

 「神さま、本当にありがとうございました!!」・・・私の気持ちをよそに哲平はいつものポーカーフェイス。

 まったく本当に、このお気楽もん!我が家はこのように緊張と安堵の連続です。

 

 

 つらいことも悲しい事も、いっぱい いっぱいあります。

けれど哲平の屈託のない笑顔とお気楽さが、どんなに私たちを和ませてくれていることでしょう。

 これからの長い人生の道のりを気負うことなく、めげることなく、しっかり歩んでいくために、私も哲平からこのお気楽さを学びたいと思っています。

 「本当に鳥羽さんて大変ね」と言われるより「鳥羽さんてお気楽ね」と言われるぐらい明るく楽しく生きていきたいと思っています。

 

               平成6年3月16日

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