sorry,Japanese only

『 地図にない村 』

出雲井 晶:著 日本教文社 定価:1100円
ISBN4-531-06187-X C0095 ¥1100E


本書は北海道の函館にある「おしまコロニー」が生まれ、そしてそこに暮らす人たちの笑顔があふれる“村”になるまでの歴史と想いが綴られた本です。
物語は、作者と友人のおばあちゃん、瑞子さんの会話から始まります。少し長いですが、冒頭近くの文を引用します。

「困ったのは、トイレでのお尻の後しまつが学校へ行きだしても出来なかった。暑くなって、冬のふとんを涼しいのに替えてやろうとするでしょ、どうしても厚い冬ぶとんを離そうとしない。隠してもさがしだして、たらたら汗を流してでも厚いふとんをかぶって寝ないとおさまらない。
隠しても見つからないとパニックをおこす。娘はふり回されて、へとへとに疲れきっていた。その時、聞いたらしいの」
瑞子の顔がなごんだ。

「親身に面倒みてくれて、一人ひとりに合った指導をしてくれる施設があるって。美和子(娘さん:自閉症の行彦くんのお母さん)は最初本気にしませんでした。さんざんショッピングして回ったあげくでしたから」
「ショッピング?」
「良いといわれるお医者や医療機関をあさり歩くことなの。でも半信半疑ながら出かけました。入園した幼稚園からは断わられる。小学校に入ってからも先生は暗に、登校させるなって様子で、学校へも行っていない時期でした。
娘は、この子を抱いてビルの上から飛びおりれば楽になるって、高いビルばかり見上げて歩いている、などと口走るようになっていた時でしたから」
私は相づちのことばを見出せなかった。

「娘も孫もふびんで。でもどうしようもない。そんなことをしたら自分の子といっても人殺しだよ。死んでも地獄行きで楽になどなれやしないって、分かりきったことを言い聞かすだけで、何の力にもなってやれない。
発作的に子を殺して死にはしまいかち、息がつまるような毎日でした」
「知らなかった!」
「いっそ、先のみじかい私が孫を道づれにして死んでやれば美和子を救ってやれるのではないかしらと、こちらまで狂ったようなことを考えたりもしました」

「その半信半疑で出かけられた先が北海道の施設だったわけ?」
「そう、おしまコロニーだったの。二週間ほどして帰ってきた美和子が、やっと行彦にも安住の地がみつかったって。行彦が生まれてから消えていた笑がおを、娘は十数年ぶりに見せましてね。いっしょに泣いてしまいましたよ」
「そんな苦労がお有りになったの」

「休みには帰ってくる行彦を近くで待ってやりたいし、施設のお手伝いもしたいって、とうとう(勤めていた会社もやめて夫婦であちらに)越していったのです。
でも娘もすっかり明るくたくましくなりました。このごろでは、知恵おくれの子であろうが、どんな呆け老人だろうが、人間の尊厳は変わらないんだって、私にお説教しますのよ」
瑞子は明るく笑って言った。

「今では職員の方も三百人ちかい大所帯らしいです。が、最初は今の理事長夫妻が私財を投げうって始められたのだそうです。
トラピストの鐘の音が聞こえるところに、障害を負った人のための楽園を創ってあげたい、それがご夫妻の夢だったそうです」

その話に感銘を受けた作者が、北海道に理事長夫妻、大場茂俊・光(てる)ご夫妻を訪ね、まとめられたのが本書です。

実は、本書を読んだのは、息子が自閉症とわかってまもなくの頃・・・その頃は、おしまコロニーで行われている自閉症への先駆的取り組みや、星が丘寮の寺尾先生の名前も知りませんでした。

最初の感想も、「すばらしい話だけれど、北海道はあまりに遠いな・・」と、どこか遠い世界の話のようでした。
表紙の淡いパステルの北海道の地図とあわせて、どこか外国のメルヘンを聞くような印象だったのを憶えています。

その後、我が子の療育の中でTEACCHに接して、改めて現在のおしまコロニーの取り組みについて耳にした次第です。
そして、星が丘寮での実践などについても寺尾孝士先生にいろいろお教えいただき、妻が見学に行かせてもらった時にも大変お世話になりました。本書を読んだときには、こんなに身近にお世話になるとは思いもしませんでした。
本書は昭和63年に発行されたものですが、大場夫妻の熱情と理念が、今もそこに働く方々に受け継がれていることに感謝します。

親の背をみて成長した大場夫妻の長男、公孝は精神科の医師となった。目下は東京にある出身大学で研鑚をつみながら、月に二、三度帰省し診療所に勤めている。いずれ地域療育センターで、地域福祉ととりくむ日も近いと聞いた。
長女の智子も保母の資格をとって香港に嫁ぐまでコロニーで働いていた。

おしまコロニーのホームページ http://www.yuai.jp/ の中で(リンクさせていただいています)、新しい理事長に公孝氏の名を見たとき、これから新しい血をえた「地図にない村」おしまコロニーが、障害児・者の理想郷としてさらに発展していくことを確信しました。

また、本書に綴られた想いは、ホームページの「おしまコロニーの誕生とその歩み」 http://www.yuai.jp/enkaku/ayumi.html の中でも紹介されていますので、ぜひあわせてご覧ください。

(2004.9)


  目次

1 プロローグ

“おしまコロニーゆうあいの郷”との出あい
障害者を愛する夫をたすけ続けた妻とは
目のやさしい大男
笑がおの美しい人びと
今、街のなかでは

2 保育園開設まで

博愛を思慕する青年
運命の出あいと別れ
久遠の伴侶、、光(てる)
かぼちゃの種と保育園

3 障害をもつ子らとの出あい

病気と一平のこと
父の教え
精神薄弱児者との出発
社会福祉法人、“侑愛会”の誕生

4 地図にない村 “おしまコロニー”誕生

鐘の音わたる丘
“おしま学園” 開園
只今、入浴中
三郎のトイレ奮戦記

5 おしま学園と学校教育との連携

あつい希い(ねがい)、この子らにも義務教育を
一人ひとりとの肌のふれあいと、その記録
補聴器をつかいだした子の記録
子らの文集 “地図にない村で”

6 解放された自閉症児施設

自閉症とは
第二おしま学園の治療教育の実践
ゆうあい養護学校高等部

7 新生園(男児成人施設)

住まいも手造りで
トラピストから牛の贈りもの
理想郷着々・・・親もとへ手紙をかくまでに
言葉をとりもどした若ものの記録
豚の出産
町のなかでの実習へ

8 明生園(女子成人施設)

入園者のプロフィール抄
お茶会・パン工場・ゆうあい人形
のぞみ寮と、あいがも飼育班と
明生園指導員の一園生観察記録
クリーニング班にきて
居宅訓練

9 実社会での自立

職場実習に町へ出て、就労へ
はまなす会
函館市内にも更生施設をつくる
問題児とのとりくみ
小規模作業所
普通の生活を獲得する
狂乱の心 いまは消えて

10 精神遅滞者の性と結婚

精神遅滞者の性について
結婚
高齢者施設、“侑愛荘”
侑愛荘のソッカネおじさん
ユーモラスな夫婦

11 地域の早期療育にとりくむ

母子訓練センター
お母さんたちの声
施設とカリキュラム
つくしんぼ学級
地域療育センター

12 おしまコロニー年間行事あれこれ

ある年の年間行事予定
コロニー祭
おしまコロニー合同運動会
雪まつり
東南アジア研修生を迎えて
ヴァンルニ・カムクリス(タイ国立ラジャスカル精神科病院院長)からの手紙

13 エピローグ


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