sorry,Japanese only

『 発達障害とメディア 』
野沢 和弘・北村 肇:編著 現代人文社 定価:1700円+税
ISBN4-87798-273-6 C0036 \1700E

10年ほど前には、「自閉症は1,000人に1〜2人の発症率で、その8割程度は知的障害を伴う」と言われていました。やがて、高機能自閉症やアスペルガー症候群の名前が聞こえ始め、今では自閉症スペクトラムの発症率は100人に一人に近い・・・と言われるまでになっています。それにつれ、メディアでも各種の発達障害について眼にするようになりました。高機能広汎性発達障害、アスペルガー症候群、ADHD、LDなどなどです。そして、時を同じくして「発達障害支援法」の成立もあり、マスコミに取り上げられること、それ自体は自閉症への理解を広めるためにも結構なことだと思うのですが、残念ながら特にアスペルー症候群などの場合、犯罪と関連してセンセーショナルに取り上げられるケースもありました。
長崎事件(駐車場での男児突き落とし殺害事件)、豊川事件(主婦殺害事件)、佐世保事件(小学6年同級生刺殺事件)、横浜事件(園児突き落とし障害事件)、浅草事件(レッサーパンダ帽女性殺害事件)などです。前3件が高機能、後の2件が知的障害を伴うものでした。
本書は、自らもカナータイプの自閉症児のお父さんである毎日新聞の野沢和弘氏よりの、いわば内側からのメディアの現状や責務論、これからのあるべき方向性などの話を中心として、それに加えて同氏と当事者であるニキ・リンコさんや秋桜さんとの対談、日本自閉症協会副会長の氏田照子さんからの自閉症者を家族に持つ親としての思いからのメディアへの提言、司法や医療からのメディアに対する問題提起など、いろんな角度からメディアと発達障害について検討を行なっています。
その視点は、発達障害者本人や家族の立場に立ってのメディア論となっていますので心強いものとなり、安心して読んでいただけるものとなっています。
どうして、新聞の一面に障害名がセンセーショナルに載ってしまうのか。そうなってしまいがちな、メディアが内包する特ダネ至上主義についても、批判を交えて現状の姿を分析しています。
しかし、読み終わっての感想はまだまだこれからの道は険しいものがあるな、という印象でした。ここに描かれているのは、あるべきマスコミの姿であり、良識を持った記者の取材姿勢を求めるものなのですが、残念ながらそれを実践されているのは筆者の野沢さんや、今度岡山でも講演をお願いする神戸金史さん(RKB毎日)など、まだほんと一握りの方たちのように思えます。
でも一方では、マスコミの方たちも個人的にお話する機会があれば、自閉症に理解をもってくださることもまた事実です。問題はマスコミがあまりに大きく、私たちの働きかけの力がまだ小さいことにあるのかもしれません。
本書の最後の章にあるようにメディアリテラシー(受け手のメディアへの叱咤激励)が求められているのでしょう。幸いにも、マスコミの中にも自閉症の本当の姿を理解していただける
“味方” の記者の方も少しずつですが増えているように思います。これからもより協力しあって、子ども達が真の意味で受け容れられる社会を作っていきたい・・・作っていかなければならないと思える1冊でした。
・・・と言って、カタい話ばかりではなく、第2章の座談会の部分などは、いつものニキさんワールドが展開していて、結構おもしろいものとなっています。
また、本題とははずれますが、コラムのページに紹介されていた、昔ヨーロッパでは自閉症児が「風の精」と呼ばれていた、という話などは印象に残りました。透き通った目をした美しい子どもが、手の平をヒラヒラさせて舞うように動き回ることからつけられた名前だそうですが、中国の「星の子症候群」と並んで、自ら閉ざすと書く「自閉症」よりはいいネーミングのように思いました。
もっとも我が子の場合は幼い頃、風は風でも「突風」「疾風」「旋風(つむじかぜ)」のようでしたが・・・(^_^;)
(「会報 96号」 2006.5)

  目次

まえがき
序章 病歴や障害名はどう報道されているか ・・・ 野沢 和弘(毎日新聞記者)
長崎事件 障害名をめぐるスクープ合戦
  1 報道
  2 家裁決定 − 「障害そのものが直接本件非行に結びつくものではない」
  3 特ダネ競争による記事の落とし穴
豊川事件 発達障害に対する誤った認識
  1 報道
  2 家裁決定 − 障害と事件を結びつけた判断
  3 「障害=疾患」と見る家裁・メディア
佐世保事件 専門家意見の安易な掲載
  1 家裁決定 − 「障害と診断される程度ではない」
  2 決定要旨にはない障害名も報道
横浜事件 読者との 〈 暗黙の了解 〉 の是非
  1 「知的障害」を報じなかった朝日新聞
  2 「開かれた新聞委員会」による検証
  3 続報で伝えた朝日
報道の影響 一人歩きを始めたイメージ
  1 「犯罪者になってしまうの?」
  2 高額訴訟事件
  3 過剰な責任追及
第1章 報道の現場から ・・・ 野沢 和弘(毎日新聞記者)
はじめに 発達障害の子をもつ記者として
なぜ障害名を報道するのか
  1 ニュースの判断基準
  2 捜査当局の影響
  3 ワンフレーズ報道への傾斜
知る権利と障害者報道
  1 公共空間
  2 プライバシー情報はどこまで報じてよいか
       − 松本智津夫氏を例に
これからの報道に向けて
第2章 当事者の立場から
  【 座談会 】 ・・・ ニキリンコ × 秋桜 × 野沢 和弘
「ただいま」と「お帰り」の使い分け
「私は身勝手?」
発言が誘導されることもある
移動もたいへん
メディアとの付き合い方
障害だけが原因じゃない
長崎事件の報道の受け止め方
発達障害を理解するには
  【 特別寄稿 】 ・・・ 森口 奈緒美(作家)
悪いことだけでなく、良いことも報道して欲しい
第3章 司法の現場から ・・・ 大石 剛一郎(弁護士)
はじめに
浅草事件の検証
  1 報道
  2 捜査
  3 本人の法廷供述
  4 公判における、メディアの報道内容に関する主張立証
  5 第一審判決
報道がもたらす影響
  1 事件発生から公判に至るあらまし
  2 なぜ厳罰化するのか
精神鑑定は信じられるのか
メディアに期待すること
【参考】 刑事事件における精神鑑定
第4章 医療の現場から ・・・ 市川 宏伸(医師)
はじめに
医療とメディアとの接点
  1 記者と話していて感じること
  2 プライバシーとメディア
  3 テレビ取材
  4 医師側の問題
メディアが報じることの意味
研究段階における報道の類型
  1 原因によるもの
  2 効果ある薬物にもとづくもの
  3 最近の話題
おわりに 慎重さとバランス感覚を
第5章 家族の立場から ・・・ 氏田 照子(社団法人日本自閉症協会副会長)
はじめに
これまで「自閉症」はどのように報道されてきたか
日本自閉症協会から見た今のメディアのありよう
  1 治療教育に関する報道
  2 事件とからめた報道
キーワードは「普段から」
第6章 受け手の叱咤激励(メディアリテラシー)がメディアを変える
                  ・・・ 北村 肇(「週刊 金曜日」編集長)
報道の前に人権なし
二つのタブー
高見に立ったジャーナリスト
消極的人権擁護と積極的人権擁護
  発達障害の基礎知識 ・・・ 市川 宏伸(医師)
はじめに
発達障害の概念
代表的な軽度の発達障害
発達障害と医療
発達障害と福祉
発達障害と教育
おわりに
  コラム
1 ハリウッド映画には自閉症がいっぱい
2 障害者と文明
3 「自閉隊」発言
4 風の精
5 親
  執筆者紹介

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