sorry,Japanese only
『 自閉児の保育と教育 』
平井 信義:著 教育出版 定価:1748円+税
ISBN4-316-33530-8 C3037 P1800E
1979年初版ですので、もう30年近く前に出版された本です。私が購入したのも10年以上前、書名に「自閉」という文字があった本は目に付きしだいすぐに手に入れていた頃です。(当時は今ほど書店にも並んでいませんでしたので、小遣いの範囲でなんとかなっていた時代です)
今でこそ、アスペルガー症候群に関する本も、何十冊と並んでいますが、筆者が師事していたハンス・アスペルガー博士の論文が、初めてドイツ語から英語に翻訳されたのが1980年といいますから、時代にはるか先駆けて出版された本といえるかもしれません。
当時はまだ自閉症とアスペルガー症候群が別の障害として分類されるかどうかといった議論がヨーロッパで行なわれれていたころでしたから(なにしろ英語で紹介される前の話です・・・この当りは本書の「範疇論をめぐって」に詳しいです)、筆者も当然、自閉児と接するとき、アスペルガー教授と同じく 、病理性の障害というよりは「性格の偏り」ととらえています。つまりその子の個性としての見方です。
もちろん、それまで長い間自閉症児と臨床現場で接し、小学生対象の「ひらめの合宿」を6泊7日で継続的に開催されていた筆者ですから、その障害の困難さ、難しさは充分に承知したうえでの「個性」です。
カナー博士が抽出した自閉症の特徴が今も生きているように、筆者の著した自閉症児の姿は今も私たちの子どもそのものです。30年前に読んだお母さんも、今この本を手にとるお母さんも、同じように共感しながら本書の中の子ども達に我が子をダブらせると思います。
さて、その後の対応ですが、筆者には「 」の著書もあることでも、お分かりの様に石井哲夫氏と並んで受容の大切さ、子どもとの関係づけを最優先とする遊戯療法などをその基盤においているように思えます。当時、すでに非指示的な遊戯療法は自閉症児に対して有効とは言えないのではないか・・・という意見も出始めていましたが、それに対しても次のように反論されています。
例えば、アクスライン・Vの遊戯療法にしても、その真髄に触れて、徹底したその技法を用いた人が何人いたろうか。若いかけ出しのセラピストが、じゅうぶんなスーパービジョンも受けずに遊戯療法なるものを行なってきた結果が、だめだったのではないだろうか。遊戯療法に打ち込んで、何十年と没頭し、理論と技法とをさらに展開した人がいるだろうか。そのように打ち込む人がいなくては、何をやってもだめなのである。わが国には、実におざなりのものが多い。間に合わせのものも多い。
つまり、何十年も遊戯療法に打ち込んだ経験豊かなセラピストが行なえば、遊戯療法が自閉症児に効果的である、ということになるということですが、残念ながらそこまで没頭して遊戯療法に取り組む若い療育者は少ないでしょうし、子どもを預ける親も現在は少ないと思えます。従って、臨床現場での経験を積み重ねることも難しくなっているのではないでしょうか。氏の同僚で後継者と思われた前述の石井哲夫氏(現日本自閉症協会会長)もその後は少し方向転換しし、「受容的交流療法」を唱えて一線を画するようになっているように思えます。
しかし、本書はその後も版を重ね、今も店頭に並んでいます。それには、なによりも母子の心の安定を大事に考える筆者によるのではないでしょうか。氏のことをロマンチストと呼ぶ方がいるように、その療育には「愛」と「温かさ」が根底にあるように思えます。
それ自体はとてもすばらしいと思うのですが、母子関係を大切にするあまり「しつけを全廃する」となると、遊戯療法と同じく、それでいいのかと思ってしまいました。
親子間に楽しい雰囲気が作られるまで、生活習慣のしつけは全廃してもらう。しつけは、愛情を基盤としてのみ子どもの人格の中に組み込まれるし、その愛情は、親とともにいて楽しい思いをすること、特に身体接触の楽しさを味わうことによって、子どもに伝わるからである。
本書を読んでからも、我が家では自閉症の特性に配慮し、わかりやすいように環境を整え、身辺自立に取り組んでいくという道を選びました。早期療育の大切さが言われるのも、混乱している彼らに少しでも早く支援の手を差しのべ、彼らにとって、家族にとっても暮らしやすい環境を整えることだと思います。
「抱きしめたり」「一緒に遊んだり」「添い寝をしたり」・・・もちろんそれも大事なことかもしれませんが、まず配慮しなければならないのは、スケジュールを呈示したり、周りを構造化したり、情報を視覚化して伝えたりと、彼らの手助けを行なうことのように思えます。
その意味、筆者の精神は尊重しながらも、実際の療育では我が家は別の道をたどりました。ただ、四半世紀を経た現在も、更に版を重ねて本書が読まれ続けているのは、自閉症児の療育に行き詰まって精神的な心の支えが欲しい家族が今も生まれ続けているということかもしれません。
筆者の一般向けのロングセラー「心の基地はお母さん」という題名からも読み取れるように、まずお母さんの心の安定が、子どもにも大きな影響を及ぼすのは、障害のあるなしに関わらず事実だと思います。
そんな自閉症児を持つお母さんの心の支えとするには本書はいいかもしれません。でもできれば、気持ちが落ち着いたら、現在の早期療育についての本も合わせて読んでいただきたいと思います。
(2006.6)
目次
まえがき
第1章 障害児との出会い
はじめに
1 知恵おくれの子どもと
2 脳障害といわれた子どもたちと
3 難聴児とともに
4 自閉児とともに
5 子どもの見方・考え方(児童観)について
(1) 平均的観点
(2) 病理的観点
(3) 社会的・文化的観点
(4) 発達的観点
(5) 教育的観点
(6) 客観的観点と主観的観点
結び
第2章 障害児の理解と教育 − 私に強い影響を与えた人々 −
はじめに
1 アスペルガー先生
2 保育所のNさん
3 O校長
4 U先生
5 そのほかの教師
6 私たちを力づけてくれた著者
(1) ティンバーゲン夫妻
(2) コープランド夫妻
(3) アクスライン
結び
第3章 自閉児の集団適応への準備
はじめに
1 人間に対する興味の発達遅滞の発見
(1) 音声に対する反応
(2) 人見知り
(3) 子どもを呼んだときの反応
(4) 言葉の発達の遅れ
(5) 下の子の誕生に興味を示さないこと
(6) 生活習慣の形成に乱れがあること
(7) ほかの子どもに興味がないこと
2 人間に対する興味を発達させるための教育
(1) 一対一の関係の中で身体接触に努力する
a 抱く
b 遊びのすすめ
c 添い寝のすすめ
(2) しつけを全廃する
(3) 子どもをしからない
(4) 子どものいる前で子どもの悪口を言わない
(5) テレビについて
(6) 楽しい家庭の雰囲気を作る
a 母親について
b 父親について
c きょうだいについて
d その他の人々の援助と理解
e 近隣の人
3 扱いに困る多くの問題
(1) 言葉が出ない
(2) ふつうの遊びができない
(3) いたずらがさかん
a 水いたずら
b 高い所に登る
c 物を投げる
d 動き回る
e 逃亡する
f 他人の家にあがりこむ
g ぱっと道に飛び出す
h 乗物の中でいたずらしたり、こだわる
(4) パニックを起こす
(5) 生活習慣がつかない
a 食事上の問題
b 排尿便の問題
c 睡眠上の問題
(6) その他の問題
a 裸になるのが好き
b 不潔なことやだらしのないことを平気でする
c けがをしても泣かない
d 日課が乱れるのをきらう
(7) こだわりが強い
a 物を置く場所にこだわる
b 音にこだわる
c 同じ質問をくり返す
(8) ものに凝る
(9) 奇妙な行動をする
a 母親からひとときも離れない
b 突然、笑い出す
c ひとりごとを言う
d 動物の真似をする
e 奇妙な格好で歩く
f 自傷行為について
g 攻撃的行動について
結び
第4章 子どもの集団内での初めての適応 − 幼稚園・保育所において −
はじめに
1 集団に入れる時期について
(1) 友だちに対する興味の現れ
(2) 入園の時期
(3) 入園の試み
(4) クラスの決定
2 保育者の受け入れ姿勢
3 最初の集団適応の状態
(1) クラスに定着する事が少ない
(2) いたずらが激しい
(3) 生活習慣の自立が遅い
4 保育の方法
結び
第5章 小学校での適応のために
はじめに
1 入学前のテストについて
2 普通学級への入学
(1) 入学式の突飛な行動
(2) 校内の探検
(3) 学級の中で動き回る
(4) 授業にのらない
(5) 友達に攻撃的な行動を表す
(6) その他のトラブル
a 授業妨害について
b いたずらも残っている
c 友達のテストを丸うつしにする
3 情緒障害児学級について
4 養護学校と施設について
結び
第6章 教師・保育者と両親との協力
はじめに
1 受容についての協力
2 制限と対決についての協力
3 連絡の方法
結び
第7章 自閉児をめぐる研究者の論争
はじめに
1 範疇論をめぐって
2 治療論をめぐって
3 原因論をめぐって
結語
索引
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