sorry,Japanese only

療育技法マニュアル 第11集
     療育援助の基礎 』

原 仁:監修 財団法人 神奈川県児童医療福祉財団


療育技法マニュアも十余年のうちに巻を重ねて、11巻です。
その間に、当初対象としていた子どもたちも思春期を過ぎ、青年期を迎えようとしています。彼らへの支援も、もちろん大切ですが、同時に新たな障害を持ったこどもたちも生まれてきています。
この巻では、再び基礎にかえって主に家族支援の立場から、ライフサイクルを見通した療育援助について述べられています。

少し長くなりますが、本書の中の一節をそのまま紹介したいと思います。
本書の書かれた意図がよく伝わってくると思います。

最初に書きましたが、1歳のお誕生から2歳にかけて、周囲から寄せられる子どもへの成長への関心は、同時に両親、とりわけ母親への大きなプレッシャーになっています。
時代が変わったとはいえ、現代の母親たちも多くの人が、この時期の子どもの発達のつまずきに直面した時、「自分のせいでそうなったのだろうか」とまず自責の念に襲われ、「できれば問題を広げず自分の努力でなんとか解決できれば」と思った、と言います。

昨年、2〜3歳児の母親の地域療育グループ(20人ほど)で「検診で問題とされてからこのグループに参加するまでの約1年間、母親として経験してきたことや悩んできたことを夫に話したことがありますか?」という質問をしたところ、「ない」と答えた母親は約半数に上り、その理由として「説明するじかんがない」「なんと説明していいか、うまく言えない」などがあげられました。
また同時に「実は、いつ夫にこのことを語ろうかと悩みながら、今日になっている」という悩みも語られました。そして話をすすめるうちに数多くの母親が援助利用の決定に際して、援助者から夫と話し合って決めていくことを助言されたことがない、ということがわかってきました。

これまであまり指摘されたことはありませんでしたが、この時期の援助が家族の存在を見落として “母親と子ども”だけを対象としてしまうと、それが母親の心理(自責の念や自分だけで問題を解決しようとする気持ち)の上に重なって、結果的に母親が家族内で孤立化していくという問題が起きやすくなります。

母親の気持ちが安定するための重要な条件として、母親の悩み、母の行っている努力、母の利用している援助、この3つが家族、親族から理解されることが必要です。
援助者は「このことについてご主人はどう考えるか、二人で話し合って決めてみてください」というひとことや、母親に行う説明を華族にも伝わりやすくするなどといった、ちょっとした工夫によって母親が家族内で孤立せず支持されていくことを知っておきたいものです。

「母親の孤立を防ぐ視点                             
   夫(や他の親族)からの支持を得られる環境について」(武居 光)より

母親(妻)を夫(つまり私たちオヤジ)や他の親族(主にオヤジ側の親族)から孤立させないように、援助者だけでなく、何よりも私たちへの自戒の言葉としておきたいですね。

長くなったついでに、もう一つ、こちらは専門家の方に向けての提言を引用させてもらいます。
武居せんせいが、アメリカのヴィクトリア・シェイ氏の言葉を紹介したものです。

「専門家の取るべき行動の基本原則
        〜 親の楽観と否認への対処 」

希望、すなわち専門家の評価を上回る親の楽観、これが有害になることは少ない。
専門家(筆者注:ここにおいては医師や心理職)は子どものニーズ、問題点、長所および潜在的な能力についての評価を正直に全部親に伝えるべきである。
親はその専門家の言うことを、信じないかもしれない。少なくとも初めは信じないだろう。その時、専門家が自分の考えの正当性を親に押しつけようとしてはいけない。
人はつらいニュースに接したとき、それをすぐには受け入れ難いが、時間をかけることによって自分自身のやり方で順応していくものである。この過程が外部の圧力、特に理屈による説得で急がされるべきではない。
その問題が事実であれば、ほとんどの親はそれを理解していく過程で成長していくであろう。
その過程で、彼らはそのことの新たな別の証拠を見出すこともあり、彼らや彼らの子どもの人生が、どのようなものになるかという考えにも順応していく。さらに、親の希望や楽観が結果として、子どものために必要なサービスを探し、助言に従い、落胆を乗り越え、子どもを援助するためのアイデアを生むという行動をひきおこすならば、それは子どもにとって有益なものとなろう。

たしかに希望は他方で、あまりにも非現実的な期待へと発展することもあり、その場合その場合、、自己評価の低下、失敗への恐れ、かんしゃく、攻撃行動といった二次的なな問題が生じる恐れもある。
また、親の事実否認が極端な場合、治療もサービスも拒否するという行動をとることもありうる。このような問題が起きたときには後日改めて専門家の働きかけが必要である。
しかし多くの場合、初期の段階での楽観は、それがやがて別の考えに変わるまでの間、建設的に機能すると見てよいだろう。
   「幼児期の自閉症」 E・ショプラー編 より

そうですね。親と専門家が、子どものために協力して、同じ方向性を持って療育にあたるためには、親のエネルギーを前向きな方向に持っていかなければいけませんね。
確かに、最初は否定したいと思っていても、「問題が事実」であれば、いやがおうでも認めていかなければならない過程です。
こんな姿勢で、専門家から告知を受けたとしたら、ずいぶん気持ちも救われていたのにな・・・そんな、思いをもった提言でした。

それでは、最後に、元気の出る一節を紹介させていただいて、本書のお薦め文とさせていただきます。
題して、「小学校後半に訪れる安定期〜 安定の背景にある “語り合える友人”」です。

各年齢層の特徴をつなげてみると、どんな子どもも時間とともにゆっくりと成長し、家族はそれにそって精神的な安定を感じるようになります。
その境い目は、おおむね子どもの年齢が10〜12歳頃ではないか、と調査報告(「横浜障害児を守る連絡協議会」生活実態調査報告 1996〜1997)は分析しています。
その時期の家族の心境は、たとえば以下のようなものです。

「子どもの障害を認めたくない気持ちが強かったので、子どもが小さい頃はジタバタした。今はいろいろあって結構楽しんでいる。息子がいたからたくさんのことを知ったし、心から信頼できる仲間ができた」
「子どもと一緒に学び、泣いたり、笑ったりして、こんな人生もいいなあ、と思えるようになった」
「最初は不安で落ち込んでいたが、自分の知らなかった世界の人とも知り合いになり、人間的に少し強くなって子どもと一緒に成長したのではないかと感じます」
「いろいろ考えることができ、勉強になった。同じ悩みをもつ友達が大勢できた」
「家族の絆を深めてくれた」
「将来のことが不安だが、現在の存在を認めることで、どんな子でもかけがえのない存在と思えるようになった」
「私にとっては自分の世界が広がったようで、子どもに感謝しています」

以上の発言から教えられることは、家族がこうした心の安定にいたるには、語り合え、支え合える同じ悩みをもつ友人の存在が欠かせないということです。
「その地域の福祉をはかるバロメーターとして親の会(当事者)の活動が盛んであるかどうかを見ればよい」という見方は、今や専門家の間では世界共通の尺度ですが、地域の親の会活動を支えることは、これからますます援助者の重要な役割になるでしょう。  
(武居 光)

(2004.5)


  目次

第1章 ピンチを迎えた家族を支える

1 はじめに 〜 家族支援という視点
2 早期発見のねらい
3 大切な検診後の説明
4 母親の孤立を防ぐ視点
    夫(や他の親族)からの支持を得られる環境について
5 最初のステップ 〜 グループ療育の果たす役割
6 進路選択 〜 社会資源の活用を伝える
7 医療の利用 〜 初診から診断・告知までを支える
8 きょうだいを視野に入れた援助
9 安定した地域生活に向けて
10 意見交換できる職場環境を

第2章 発達障害とは

1 精神遅滞
2 発達性言語障害
3 広汎性発達障害
4 問題行動
5 脳性まひ
6 けいれん

第3章 子どもの発達の遅れと偏り − 療育と援助 −

  T ことばの遅れが心配な子ども

1 はじめに
2 特に医学的な検索が重要になる場合
3 難聴が疑われる場合
4 知的(発達)障害が心配される場合
5 発音不明瞭や吃音を伴っている場合
6 心配のないことばの遅れ
7 まとめとして

  U 対人関係に偏りを示す子ども

1 典型的な自閉症と診断された子ども
2 知的障害は明らかで自閉症に似ている子ども
3 自閉症に似ているが遅れはない、でも遊べない子ども

  V 行動に偏りを示す子ども - どうしたらいのか!−

1 問題行動の概念と診断における考え方
2 自分を傷つける(自傷)・いつも同じことばかり(常道行動)
3 落ち着きがなく動き回る(多動)
4 かんしゃく・パニック・乱暴で困る
5 ちっとも食べない(少食)・偏食が激しい・なんでも口へ(異食)
6 眠らない(不眠)・夜泣きがひどい・夜驚症・昼夜逆転(睡眠障害)

  W 運動発達に遅れを示す子ども

1 歩行開始が遅れている子ども
2 脳性まひと診断された子ども
3 不器用な子ども

  X けいれんを併せもつ子ども

1 てんかんの子ども
2 熱性けいれんの子ども

  W 学童期の見通し

第4章 ライフサイクルと障害

1 ライフサイクルという視点
2 子どもの成長と家族の生活
    〜 親の会(横浜連絡協)の調査から学ぶ
3 小学校後半に訪れる安定期
    〜 安定の背景にある “語り合える友人”
4 学齢後期 〜 成人期への準備
5 障害をどう伝えるか
6 成人期の生活 〜 多様なライフサイクルを応援
7 おわりに 〜 新しい「障害者」観にむけて

コラム

指さしと言語
言語治療士と言語療法
カナー症候群
心の理論と自閉症
気質とは?
いざり児とは?
不器用な子ども症候群
ヒステリー
憤怒けいれん(泣き入りひきつけ)

資料

参考文献・図書
神奈川県が市町村で実施する療育相談・指導・訓練事業
県内の発達障害関係の施設一覧
県内の親の会一覧
県内のレスパイトサービス実施施設一覧
療育技法マニュアル内容一覧

索引

著者一覧

原 仁(国立特殊教育総合研究所病弱教育研究部長)
武居 光(小児療育相談センター)
金野 公一(横浜市南部地域療育センター)
高木 一江(東邦大学医学部附属病院小児科小児絵療育相談センター)
江川 文誠(十愛病院・聖マリアンナ医科大学病院小児科)
三宅 捷太(横浜市衛生局保健部)


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