sorry,Japanese only

『 障害児をたたくな
   
施設・学校での体罰と障害児の人権
障害問題人権弁護団:編 明石書店 定価:1800円+税
ISBN4-7503-1112-X C0337 ¥1800E

明石書店の「AKASHI 人権ブックス 7」として発行された本書は、障害児たちの施設や学校など本来支援を受けるべきところで行なわれている、人権侵害、体罰・暴力などについて書かれています。前半は、裁判まで持ち込まれた事例について、その事件の起こった状況や裁判の判例について詳しく述べられています。後半では虐待や人権侵害の引きおこされる背景にまで踏み込んで解説されています。
それぞれの事例の中には悲惨なものや(盲学校でかろうじてゲームボーイができるほどの視力がありながら、教師による殴打により左目を摘出せざるを得なくなり、以後は電話や小さいものを拾うこともできなくなった事件)や、民事訴訟でも死亡の逸失利益を極端に低くみられた事件(養護学校でマンツーマンで行なっていた授業中の水泳指導中に溺死させてしまった事件で、その逸失利益、生命の価値をを地域作業所の年間平均工賃 72,866円から、わずか120万円と算定した地裁判決)など、読んでいてやりきれなくなるような事例も多かったです。
一方それとは少し視点が違って、療育における指導と罰の与え方についての問題提起もなされています。本書が最初に取り上げられている「保母が5歳児を平手打ち」の事件です。
障害児、特に自閉症児に対する指導方法については、こうすればいい、というやり方が確立しているわけではありません。大まかに言えば、当初は絶対受容、自閉症児に好きなことを好きな時に好きなだけやらせるという方法が用いられましたが、これでは社会的な場面でのコミュニケーション能力が発達しないということから、行動療法が唱えられるようになりました、
これは望ましい行動をした時には褒美を、望ましくない行動をした時には罰を与える、というやり方です。しかしこれは、動物の調教をモデルにしたもので、なかなか思い通りにならないと子どもに対する虐待につながりやすく、またそもそも効果もない、ということがはっきりしてきたため、現在では見直されているものです。
本件のA保母は、この行動療法に大きな影響を受けており、その問題性は意識しないまま、指導を行ってきたのです。
このK保母の行なっていた指導は
「正座、裏マグロ、表マグロと同一姿勢の保持訓練をしました。無理やり力ずくで姿勢をとらせると抵抗しますが声かけ強制口調指示でスムーズに体験しています」
「帰園前時間があったので腕ずくでマグロさん強要。やはり大パニック。それよりも上手に強行。表マグロ裏マグロ20回ずつ押さえつけで。その後正座」(行動観察記録より) のようなものだったそうです。
ここでいうマグロとは、魚市場に並べられた鮪のように、寝転がって同一姿勢の保持(動かない)することです。表マグロは仰向け、裏マグロとはうつ伏せです。じつはこのマグロや正座については、我が家でも哲平が小さい頃のある時期取り組んだことがありました。
確かにそれまではあれほど多動であった哲平がマジックにかかったように、ピクリともせずに余計な動きはしないように頑張っている姿は驚きでした。パニックを起こしても、正座をさせれば不思議に落ち着いて自己コントロールができるようにも見えました。
ただ、この方法、その時期の哲平にとっては合っていたかもしれませんが、自閉症児の中には(特に高機能な子どもたちとっては)、無理やり押さえつけられて動けないように拘束されることには耐え難く感じる子どもたちもいました。その子たちにとっては、これはまさに“虐待”に他ならないでしょう。この事件もまさにその観点から裁判に取り上げられたわけです。
それが子どもにとって許される指導であるか否かを決めるのは、憲法と子どもの権利条約に謳われている「子どもを一個人の人格として尊重するという思想」だと思います。
極論すれば、いかに効率が上がるやり方であっても(そういうものは現実にはないのですが)、そういう指導のやり方が相手(子ども)の尊厳を傷つけるのであれば、それはやってはいけない指導方法なのです。
まさしく、その通りだと思います。それは子育てや子どもの療育にあたる者にとって守らなければならない視点だと思います。あえて言えば「そういうものは現実にはないのですが」と筆者は断定していますが、まれに、職人わざを持つ指導者とそれに合う子どもとの組み合わせによっては、マジックのように効果をあげるケースも、全くないとは言えないかもしれません。
ただし、子どもの尊厳を守っていくという点から見れば、やはり無理やり押さえつけて強制していく指導法は、ましてそのために「叩く」ことも否定しないなどという手法は許されないことだと思います。
まして、こんな「マジック」を使わなくても、今では本人の尊厳を守りながら環境を整え、本人に分かるようにスケジュールややり方を提示たり、手順書やジグを工夫していけば、子どもたちは安定して課題に取り組めることがわかってきました。
すでに、子どもの人権、本人の意思を尊重して療育を行なうことができるようになっているのに、それを無視するような体罰や強制が行なわれている施設や学校がもしあるとしたら、それは怠慢という以上に子どもに対する犯罪のような気にすらなります。この事件の起こった1991年には、絶対受容や硬直した行動療法を批判しながらも、「こうすればいい、というやり方が確立しているわけではない」としか言えなかった点で、裁判に訴えるには多少弱かったかもしれませんが、現在ではほぼ「確立されてきた」のではないでしょうか。
その意味で、本書に取り上げられたような事例が、一刻も早く「過去の遺物」となってくれるよう願っています。
(2007.4)

目次

  はじめに ・・・・・ 児玉 勇二
第1部 裁判報告 − 障害児への暴力、四つの事件簿
1 保母が5歳児を平手打ち − 東京S学園事件 ・・・・ 土肥 尚子
1 Mちゃんのプロフィール
2 自閉症とは
3 本件のあらまし
4 その後の交渉
5 S学園の指導内容(指導方法) − 「やらせる時はやらせなければ・・・」
6 裁判をめぐって
7 裁判の経過と結果
8 この裁判の意義
2 密室での体罰 − 裁判に立つ知的障害児 ・・・・ 中谷 雄二
1 出会いから提訴へ
2 地裁で審理と勝利判決
3 高裁の下した逆転敗訴判決
4 舞台は最高裁へ
5 最後に
3 左眼を返せ! − ドキュメント大分盲学校体罰裁判 ・・・・ 瀬戸 久夫
1 暗闇からの叫
2 事件までのA君の生活状況
3 A君の暴力前視力評価
4 左眼球摘出体罰事件発生
5 B教師のA君に対する体罰
6 訴訟の提起
7 和解勧告
4 県立養護学校高等部生徒マンツーマン水泳授業中溺死事件 ・・・・ 海野 宏行
1 事件発生 − どうして、マンツーマン指導中に?
2 刑事事件 − ずさんな過失認定
3 両親の疑問 − 事件の真相は?
4 民事訴訟の提起 − 真実を知りたい!
5 第一審判決の内容
6 東京高等裁判所へ − 控訴せざるを得なかった
7 高裁判決 − 「生命の価値」に言及
8 高裁判決の意義
9 最後に
第2部 日常化する障害児への体罰
1 障害児なら椅子に縛りつけてもよいのか ・・・・ 山田 晴子
1 縛られたMちゃん
2 普通学級ではみられません
3 要望書を出し直す
4 教育委員会へ
5 学校が変わってきた
2 追い出そうとした担任 ・・・・ 山田 晴子
1 Aさんとの出会い
2 たたかれていたB君
3 クラス懇談会
4 子どもたちが変わってしまった
5 大根畑の一件
6 学校に行けなくなった
7 話し合いをを重ねる
8 少しずつ学校へ
9 3年生の新学期
3 障害児への体罰が容認される意識の土壌とは何か
   − 元国立小児病院・心理カウンセラー渡部淳さんに聞く ・・・・ 藤井 誠二
4 指導・訓練という名の暴力
   − 養護学校の実態から ・・・・ 須磨 友男
  おわりに ・・・・ 児玉 勇二
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