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『 自立と共生を語る 』

大江 健三郎・正村 公宏・川島 みどり・上田 敏:著 三輪書店
定価:1553円+税 
ISBN4−89590−005−3 C3036 P1600E


「障害者・高齢者と家族・社会」と副題のついたこの本は、日本でのリハビリテーション分野での第一人者である上田敏先生による対談集です。
対談の相手は、家族に障害者をもつ方々、それぞれの分野、文学界・経済・看護の世界で著名な方々ですが、家庭では障害をもつ家族と向き合った生きておられる・・・そんな貴重な対談集です。

障害の受容について、学ぶことの多かった本です。それも、理論的に「こうである。これが正しい受容である」などと、大上段に押しつけられるのではなく、一人の親として、素直に自分の子をかわいいと思う一方で・・・、それまで上向きに生きてきた人生がひっくりかえって・・・それでも「あ、そうだ、自分はこれを引き受ける側なんだ」、とある意味解放された気持ちになっていく。大文学者の先生も私も、親としては同じなんだと、なにかホッとして、救われた気分になった本です。

それでは、その対談の中から、大江先生との最後の一節を紹介します。きっとみなさんも肩の力が抜けて、ホッとされると思います。

大江:彼女(大江先生の奥さん=光さんのお母さん)も最初からそんなに強かったはずはないのです。障害のある子供と暮らしているうちに強くなったんです。それもただ強くなるということより、人間に対する信頼みたいなものをもつことで強くなっている。苦しい、苦しいと思いながら乗り越えてくることでできた面もあるかもしれませんけれども、どうも極限まで苦しいと思わないで障害児と生きているうちに二枚腰、三枚腰みたいなものが彼女にできたのだと思うのです。
面白いことに、障害児の学校に行きますと、そこでお会いするお母さん方にだいたい同じ感じをもつように思います。
ずるがしこい人もいますし、強情な人もいるし、わけのわからない人もいます。彼女たちにも人間の悪いところはもちろんあるわけです。
それでいてしかも、何かある大きな苦しみに耐えたような、それを乗り越えた上での人生に対する affirmation (肯定)をもった人という感じがそれぞれにします。

上田:そういう感じがしますね。私たちが接する障害児のお母さんたちもそうですね。お父さんも・・・・・・・。
お父さんには2種類あって、逃げ回っているお父さんと、非常に・・・・・・・・。

大江:その逃げ回るとおっしゃったのは、僕が自分について最初に感じたことへの、一番正しい批評ですね。

上田:ずっと逃げ回っている。仕事に逃げたり、ゴルフに逃げたりして、お母さんに子供を預けっぱなしで逃げ回っているお父さんと、本当にこちらが見ても頭が下がるくらいにしっかり受け止めているお父さんとがいる。受け止めてしまうと、父親でも子供と一緒に何かすることが楽しみになるんですね、当たり前の話だけれども。そうすると、こちらもそういう患者さんの親子と話をしているのが楽しいし。
 本当におっしゃるように逃げ出したくなるというのは人間は誰でももっているんですね。
それで逃げてしまう人もいるけれども、しかし、多くの人は逃げないというところに、また人間に希望がもてるところでしょうね。

大江:先生がおっしゃる通りに、「しかし多くの人は逃げない」ということですね。それから、自分はしばしば逃げようという気持ちをもったけれども、大筋のところでは逃げなかったということですね。それはやはり人間の文化というものだと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・
健常な子供なら20歳近くになればお父さんから離れていってしまうでしょうけれども、いつまでも自分のそばにいて、こちらの魂・・・・、魂といいたいくらい自分の内面と関係をもってくれる。障害をもった子供というのは、こんなことをいってはいけないかもしれないけれども、他に替えがたい役割を果たしてくれているわけですね。

(2003.1)


  目 次

はじめに

第1章 人間共通の課題としての「障害の受容」 大江 健三郎・上田 敏

文学とリハビリテーション

破壊からの自己回復
自己の価値を発見すること
人間を尊重することが自己を尊重すること

体験としての障害

ショック期を支えてくれた医師
胸を突き刺す言葉
人格を尊重することの意味
ヒロシマを通して見た臨床医の精神
共有したい喜び
アッシジのフランチェスコ

励ましの文学

やさしさを見せないやさしいセリーヌ
根源に迫るオコナー
宗教のない日本の文学
文学による総合

全人間的課題としての「受容」を考える

総合することが受容すること
「仮の受容」と「本当の受容」
モデルのない老年期の identity
老年の文学

人生の肯定 ― Affirmation of Life

「父親」をどう「受容」するか
隠れた罪悪感の源泉
最初の決断に理由はなかった
もしかしたら最後の綱かもしれない
知的に作りあげられた奥深い感情
魂と魂とのふれあい

参考資料 1 文学からリハビリテーションを考える/大江 健三郎

参考資料 2 障害の受容/上田 敏

第2章 福祉社会への道  正村 公宏・上田 敏

障害児の父として

隆明君の現在
つねに「生と死」を直視して
診断だけして手を挙げた医師
理解することが第一歩
アビリティに目をむける
なぜインフォームしないのか
医師は患者から学ぶ
家族との対話の不足
知識より人間的力量
量から質の時代

福祉社会とは何か

障害者の処遇は社会の質の指標
福祉国家から福祉社会へ
日本はなしくずしの福祉国家
福祉政策の破綻

福祉事業のあり方

いざという時に対応できる事業
市民の参加する福祉
人材をどう確保するか
低すぎる社会的評価
中吊り広告は「人生」ではない
楽しくなければ長続きしない

施設と家族の機能

ゆきすぎた「脱施設化」
臨調のあやまり
施設は「町」の中に
家族機能を見直す
代替できないそれぞれの機能

福祉社会をめざして

政治だけで社会は変わらない
真の機会均等とは
自立は自活ではない
障害者自身がボランティアに

第3章 高齢者の自立とケア  川島 みどり・上田 敏

「同志」だった長男の死

自分たちの手で看護婦の教育を
突然のできごと
私の気持ちは誰にもわからない
本当に受容できたのか
歌で泣いて

母を家庭介護する

老人の自立の形は様ざま
寝たきりでも自立できる
価値観を転換する
母は模範的な患者
家庭で介護して
役割を持つことが自立の意欲に
介護疲れ
ベテラン過ぎて失敗した家政婦の導入

老人ケアのあり方

一人ひとりの「過去」を知る大切さ
職業はプライド
どう対等に付き合うか
自立は孤立ではない
自立を支える環境づくり
ケアのマンパワー確保のために


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