タイタニックのエンジン

      
    

 
タイタニックの事情
 
        
  タイタニックが就航した北大西洋航路は,ヨーロッパとアメリカ,特にニューヨークとを結ぶ大幹線ルートの航路でした。 旅客数や船の大きさ,速力などの点から,世界の他の航路とは別格の存在と言っても過言ではありませんでした。それだけに船会社間の競争も激しく,各社が船の豪華さとスピードにしのぎを削っていました。 けれども商船である以上,運航の経済性も避けて通れない問題で,スピードを上げれば燃料費が高くつくと共に,大きなエンジンスペースが必要となり,経済性が悪くなります。 そうした中,各国政府は海外との郵便輸送を高速船に委託しており,また戦時には軍用の役に立つことから,そうした高速船に補助金を出していました。
       

  高速豪華客船は各社のフラッグシップとして、広告塔の役割も担っていたのですが,運航費が高くつくために,この補助金で埋め合わせて維持していたのが実態です。 しかしタイタニックの会社ホワイト・スター・ライン(英国)は,当時アメリカ資本の傘下に下っており,英国政府から補助金の支給を受けることは難しい状況でした。 そこで会社では,スピードについては経済性を損なわない程度で我慢して,運航サービスの質で旅客を引き付ける戦略を採ったのです。

 

 

タイタニックの船内配置概略
   
(図をクリック ⇒ 拡大)   
 
 
        
 タイタニックがスピード記録を焦ったために氷山と衝突したとして,その点が強調されがちなのですが、同じ会社の姉妹船オリンピックの記録を上回ろうとしただけのことで,エンジンの出力からも,世界記録(ブルーリボン記録)はもともと無理な設計でした。
           
逆に裏側から見れば,次ページ「
タイタニックのライバルたち」の表に見るように,タイタニックの速力は同時代の主要客船の中で一番遅いものでした。ホワイト・スター・ラインのイズメイ社長がスピードにこだわったのは,タイタニックやオリンピックが遅い客船だという印象を与えるのを恐れていたのかもしれません。
        
       
 
 
エンジンの構成
 
        
  こうした事情から、タイタニックのエンジンは就航当時でも、世界最強のものではありませんでした。 しかし船自体が世界最大の大きさなので、エンジンも相当に強力なものではありました。(タイタニックのエンジン出力56,000馬力は当時,ルシタニア級の72,500馬力に次ぐものでした。) 一方、運航経済性の重要さはタイタニックの場合も勿論例外ではなく、したがってエンジンの効率については特に注意が払われ、
レシプロ蒸気機関とタービンを組み合わせた、ユニークな方式が採用されました。
       
          
          
 
 
    
ボイラー
で作られた蒸気は、まず左右のレシプロ蒸気機関を動かし、低圧となって出てきた蒸気で中央軸の直結タービンを回す構成です。
これは珍しい方式で、タイタニック級3隻の他には少数の客船にしか採用されていません。 同時代の他の主要客船はどれも,全軸が直結タービンで駆動される方式でした。 結果的には,このタイタニック級の方式に大したメリットはなかったようで、全軸直結タービンの方式と,経済性はほぼ同等だったようです。 どちらの方式も,数年後に
ギヤード・タービンが実用化された時点で,時代遅れの方式となりました。
    
   
        
当時の新技術だったタービンだけで構成せず,レシプロ蒸気機関を主力としてエンジンが構成された背景には,タイタニックとオリンピックを建造したハーランド&ウルフ造船所が,当時はタービンよりもレシプロ蒸気機関を得意にしていたという事情もあったようです。
     
映画で機関室の機械がダイナミックに動いているシーンがありますが,あれはレシプロ蒸気機関です。 タービンは外から動きが見えないので,映画には出てきません。
    
   

 

 

 レシプロ蒸気機関
 

以下の3枚の写真・図は,タイタニック号そのもののエンジン写真が残念ながら無いので,様子のつかめる近い写真を載せています。

 
この画像をクリックするとレシプロ蒸気機関のページへ
タイタニックより少し前の時代のレシプロ蒸気機関
 

 レシプロ蒸気機関の構造・原理について詳しくは,画像をクリックしてください。
       

 

タービン
 


     
  この画像をクリックするとタービンのページへ   
  初めて航洋客船に使われたタービン
工場で組立て中。タイタニックより8年前。
 


 

 

ボイラー
 

この画像をクリックするとボイラーのページへ
 初期のスコッチボイラー


 

   タイタニックに装備されたボイラーは円筒形をしており,スコッチボイラーという種類です。  
     
   1985年にロバート・D・バラード博士の調査隊が,大西洋の海底に眠るタイタニック号を73年ぶりに発見したとき,最初に見つかったのが,海底にころがっていたボイラーでした。
沈没寸前に船体が裂けたとき,分断個所にあった補助ボイラーが,はずれて放り出されたようです。
 

 



 映画タイタニックを技術的に鑑賞

 

その1 スクリューの大きさ
 
映画で気がついた方もおられるかも知れませんが、左右のスクリューに比べて真中のスクリューだけ小さくなっています。(左右が直径7メートルなのに対し,真中のは5メートル)  これは真中のだけが直結タービンで駆動されているため、高速回転にならざるを得ず、直径は小さくなっているためです。 回転数は左右が毎分80回転,中央が170回転でした。 出力は各軸約18500馬力でほぼ等分です。(すべて全速力のときの数字)
   
 
その2 スクリューの反転
 
氷山を発見したとき、直ちに後進の指示が出されましたが、実際にスクリューが反転したのは左右の2つだけで、真中のは止まっているのが映画で見て取れました。 これはタービンは反転ができない構造なので、タイタニックの場合、後進は左右のレシプロ機関だけに任せる構成となっていたためで,この点,映画は事実を忠実に取り入れています。 ただ,タイタニック級船のタービンのローターは約150トンもあり,回転が止まるまでには時間が掛かったと思われるのですが。
         
 
その3 後進運転と舵の効き
 
 また,本当に後進をかけたほうがよかったのか,との疑問が残ります。 映画で舵がなかなか効かず,マードック航海士はじめ,ブリッジや見張り台のみんなが固唾を飲んで見守るシーンは,前半のクライマックスでした。 何度見ても,なんとかよけてくれと祈るような気持ちになってしまいます。 3つのスクリューのうち,特に真中のスクリューは舵のすぐ前で回っており,前進運転を続けたほうが,水流の効果で舵がよく効いたはずです。
   
  ドン・リンチ/ケン・マーシャル著 「TITANIC:An Illustrated History」 には,「皮肉なことにマードックはエンジンを逆転させたために,衝突を引き寄せてしまった。 どんな船でもそうだが,タイタニックも高速で前進しているときのほうがすばやく旋回できた」と,記されています。 マードック航海士がなぜ後進に入れたのかが,大きな疑問として浮かび上がってきます。
   
   
その4 ボイラー室の設計
 
 さらにタイタニックは,ボイラー室が船の側面まで達していました(上の船内配置図参照)が,他の船では側部に石炭庫を配置するケースも多く見られました。 あの氷山との接触のとき,石炭庫で防御できなかったものだろうかと,アンドリュース技師らの設計に思いが巡らされます。

 

 


   
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