能瀬訴訟 since. 2009.2.18
控訴審でも敗北した被告は最高裁に上訴するも、あえなく有罪。

原告市民の勝訴確定
最高裁、被告「被害者団体」の上告を棄却。
「森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会」の不法行為と損害賠償責任が確定
2013.6.24

原告:能瀬英太郎
被告:森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会
 重症被害者家族から救援を頼まれ、今や加害企業・森永の防波堤と化して、わが子の将来を案じる親や、被害者本人の発言の機会を抑圧し続けてきた。その一方で「被害者」や「救済」の看板を最大限ひけらかしながら、世間を欺き、被害者の声を押しつぶし、「森永への感謝」なるスローガンをぶち上げ、被害者の尊厳を奪うあらゆる施策を張り巡らし続けている同会。
 重症被害者家族の人権救済の立場から被害者を支援した一市民に対し、ウソを羅列して徹底的な人身攻撃を行った「被害者団体」の異常性が法的に認定された。
 なお、被告は、国会議員経験もある弁護士を代理人に立てて虚勢をはったが、地裁・高裁すべてで敗訴。原告である能瀬英太郎氏は本人訴訟(代理人弁護士を立てずに独力で裁判すること)で勝利した。
 
 最高裁から能瀬氏宅に届いた決定通知(調書)

6月24日、最高裁から原告の能瀬英太郎氏宅に調書が届いた。
主文は
1.本件上告を棄却する。
2.本件を上告審として受理しない。
3.上告費用及び申立費用は上告人兼申立人の負担とする。

 
被告「森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会」が、被害者家族を支援し「救済」の現状を批判する市民に対して、同会の機関紙『ひかり』※1に確信的な嘘で塗り固めた記事を掲載し、市民を口汚く誹謗中傷した行為の有罪が最高裁で確定した。
※1 救済運動創始者・岡崎哲夫によって手づくりで制作が始まった「ひかり」を、謀略によって岡崎を排除し編集権を乗っ取って、今では被害者支配のプロパガンダとして利用している。

 市民社会の公正議論を計画的な嘘の羅列で弾圧する団体は、いかなる美名の看板を掲げようとも、また、いかに美辞麗句を並べようとも、決して許されないという判決が確定した。腐敗した被害者団体の幹部の傍若無人な所業と作風に、制裁が加えられることになった。
 今回の事件は、市民的資質を遺憾なく発揮した原告の努力が、民主社会の司法判断を正しく機能させたという意味で、戦後史上極めて重要な出来事と言えるだろう。
 そしてまた、日本の隅々を未だ覆う病理に、今後、市民がタブーを越えてメスをいれることを可能にする貴重な判例となった。

被害者家族のメッセージ
No.1253 能瀬訴訟 地裁・高裁・最高裁共に完全勝利
投稿者 :ひかり協会救済事業監視塔 管理者 榎原伊織
2013年6月24日(月) 20:47

 「森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会」は、能瀬英太郎氏の正当な救済事業批判に対し、嘘をデッチ上げて能瀬氏の名誉を著しく棄損し、それへの謝罪と損害賠償金の請求を求める裁判が提訴されたが、四年に及ぶ、被告の嘘で固めた抵抗も、全ての裁判所が被告の非を見破り、その抵抗抗弁を認めず、最高裁までもが門前払いの棄却判決。…(中略)…
 そうだろう。ヒ素被害者団体が、加害企業の味方に成り下がり、正当な批判をする親会員を除名したり、同じ被害者で有りながら、これもまた正当な組織・救済事業を批判する会員に会員資格無期限停止をするわで。
 こともあろうに救済事業をするために作られたひかり協会が守る会と一つになり森永を救済したのだから、どんなに詭弁を弄しても、社会や被害者団体は騙せても、裁判所は騙せませんでした。
 早く判決通り、嘘をでっち上げた同じ機関紙に、大見出しで全国のマスコミはもとより全国被害者に潔く良く事実を知らせなさい。
 そしてすっきりと原告・能瀬氏に謝罪文を書き、賠償金も払いなさい。此のHPの管理人にまで機関誌に能瀬氏と長く行動を供にしたからと言うだけの理由で被害者親会員権利無期限停止などを忘れた振りをする…(中略)…
 守る会は、守らなかった会、協会は光らなかった会、厚労省のお粗末職員のケリをつけぬ大失態、数十億円踏み倒しドロンと報道の協会(元)理事長、そんな理事長の暗闇交代を理由説明抜きで隠す体質のどこが公益事業か。…後略…

(文意を損なわない程度に整理した)
【所感】 被害者家族から依頼され、被害者の窮状を社会に訴え、冷酷な仕打ちを長期にわたって続ける被害者団体の実態や、官僚や加害企業と癒着して運営されている「公益」財団の問題点を、事実を明快に示しながら追及した能瀬英太郎氏。その誠実で実直な人柄は、当サイトで公開している彼の膨大な準備書面から十分に読み取れる。同氏の作風は、事実を多面的に収集しつつも、被害の原点にいつも立ち返り、被害者の「所属」ではなく、「人間としての尊厳と情念」を共有し続けるという長い歴史の中から生み出されたものである。中坊公平のつづる物語の中にある「嘘」を彼が一貫して問題にしてきた中にも、見せかけの権威に屈しない市民の批判精神を読みとることができる。(参考資料1.  2.ただ、彼の批判精神は傍観者のそれとは違う。自ら虎穴に入り、血と汗を流して、被害者に寄り添おうとする姿勢である。

市民は産業公害の当事者そのもの
 そんな彼を嫌悪し、被害者から彼を遠避けようと手段を選ばぬ行為に出た被害者団体の背景に何があるかは、市民運動の経験豊かな方々にはすぐにお察しがつくだろう。
(参考資料3.  4.現被害者団体の曰く、「被害者でも親でもないまったくの部外者である能瀬氏」云々…である。一方で周囲に沢山まとわりつく民主集中制関係者を部外者とは言わない超ご都合主義。都合の悪い指摘をする市民だけに的を絞って、それを「部外者」とか「よそ者」といっておきながら、一般国民の税金を下駄履きさせて森永の負担を減らす仕掛けをして恥じることをしらない。今後、彼らが放言する所の「よそ者である国民」に対して説明責任が問われるだろうが、まず期待はできない。

不透明な閉鎖社会は絶対的に腐敗する
 この数十年間、被害者団体や財団の周囲で発生してきた、おぞましい事実がすでに完全に公になっていても、それらが一切改善されていない現実をみれば、社会の改革が進まない現象の根底にある普遍的共通性をみることができる。
 閉じた思想・イデオロギーと、閉じた共同体が合併し、弱者にかかわる利権をむさぼりあい、国家も、意のままになるちょうどいい貧困ビジネス代行者として利用する。人間の尊厳を毀損していく。これはどんな社会体制にでも、どんな立派らしいスローガンの中にでも、共通して破壊的作用として現れる現象だ。

 岡崎哲夫はかつて、自著「秘録 北満永久要塞〜関東軍の最期〜」で次のように書いた。

 「たとえどんなに立派らしい理論や思想に飾られていようとも、戦争の美化と修飾とは、つねに厳しく警戒しなければならない。
 そして『事実』をありのままに見据えてたじろがない強靭な精神が、日本人の心に成長しない限り、日本の若い世代は再び肉弾として消耗される恐れがあろう。
若い人々よ、冷静な理性と合理的な判断とを失わずに行動せよ。ーーーこれが一切の危機に対する最後の切り札である。」
「秘録 北満永久要塞」P.256


 この戦争とは、戦争なるものを必然的に導く「全ての不正なおこない」或いは「批判精神の劣化・後退」と読み替えたほうが良いだろう。最近の共産主義信奉者らが恥知らずに行う「平和と民主主義」という看板の下での数々の不正行為もそっくり当てはまる。
 彼が、おびただしい戦友の死と戦争の犠牲者の屍を越えて生還した経験から、この言葉通りの不器用な人生を歩んだ事と、彼が自ら設立し全身全霊をかけて育てた現被害者団体であろうが、内部に、金銭支給と同時に発生した腐敗を正面から批判し、そこから結果的に除名されたことは、ただ一つの同じことを示しているに過ぎない。

市民的資質は「タブーなき批判精神」と「開かれた心」。
 何が人間の理性の荒廃を導くかを、学徒動員や、軍隊生活、国境要塞での全滅戦、その後のシベリア抑留とそこでの軍国主義と共産主義の見事な結合現象、その後の森永ヒ素ミルク中毒事件での被害児の親として、ありとあらゆる不正を血まみれの世界で見続けていた彼にとっては、資本主義も社会主義も、共産主義と言う名のスターリン主義も全くタブーではなかった。これらは、すべて、過ちを犯せば同列に批判される対象でしかない。この一部の市井の戦争体験者たちが持ち続けた、ある種フラットな思考こそ、現代の市民の志向に通じるものがあると考えることもできるだろう。

森永ヒ素ミルク中毒事件の底流に流れる悪徳の根源
 事実を真正面から見ようとしない人間集団はどのように形成されるのか? 事実を指摘されてそれに攻撃的な弾圧を加える集団の背景には何があるのか? 少なくとも、この世のあらゆる不正な行為との共通点が底流に存在していることだけは明確に確認できる。 能瀬英太郎氏の数々の準備書面からは、今の日本社会の政治的疲労が明瞭に読み取れるから興味深い。

 森永ヒ素ミルク中毒事件はそのような問題として存在し続けている。それと向き合い、格闘しながら考えていくことが、人間の歴史そのものなのかもしれない。その歴史的経験が社会の構成員の記憶にしっかりと蓄積され継承されていく中でしか、社会は改善されないだろう。今の日本は、数十年前から、いつのまにか、同じグラウンドをぐるぐる回るだけの社会に成り果てているかもしれないのだ。でも、一方で、そうであってはならないと考える新しい世代が今、次々に生まれている。変化はいつ起こるかわからないが、確実に準備されている。


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控訴審判決
控訴審2012.7.17-9.27

被告人(控訴人)、出廷せず…。
 9月27日13時10分より、広島高裁岡山支部201号法廷で能瀬訴訟の控訴審判決が言い渡された。判決は「控訴棄却」、被告の主張は通らず、高裁は一審判決を支持し、更に原判決を補強した。

【控訴審にいたる経過】
左の控訴人席はカラ! あまりに不真面目。 一審で不法行為を認定された被告「森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会」は、一審の判決を不服として控訴したが、控訴審の第一回公判(7月17日 下記既報)でも被告の言い分は全く通らず、10分もかからないうちに結審した。

 被告(控訴人)は、控訴審が第一回公判であえなく結審してしまったからか、「弁論再開の申立」なるものを行って「被控訴人の行動は、被害者の幸せに繋がっているのか」「攻撃」「破壊」などと、相も変わらずの主張を展開してみせたが、そんな主張が通るはずもなかった。それどころか、今次・控訴審判決で、
広島高裁は、一審判決を「補強」する判決文を書き、原告への人身攻撃は、被告のいかなる主張をもってしても許されることではない旨を述べた。

 ちなみに、傍聴者は前回よりかなり多かったが、一方で、法廷の
被告人席(控訴人席)には、代理人を含めて誰も出席していないという有様であった。
 そもそも、控訴審は、被告・控訴人が申し立てたから開かれたものである。自分が申し立てた審議の判決日に、出廷さえしない被告・控訴人の態度には、傍聴者からも「あきれる」との声が絶えなかった。

広島高裁判決文は原判決を補強。やればやるほど、被告へのお叱りが増える有様。

 広島高裁は一審判決での原告主張を補強した。今次判決文では、被告・控訴人の言い分は通らないという(原告・能瀬英太郎氏の主張を間接的に補強する)文言を、原判決に追加した。

 高裁は、判決文の、「第3 当裁判所の判断」で、原判決への細かな文言の追加を行った。特に、項目6には7行、項目8には16行もの見解を追加している。そこでは、いずれも、
“「被控訴人が被害者(親族)の願いや幸せを実現しようとなど思ってはいない」「あわよくば守る会を混乱させ変質させ、ひかり協会事業を破壊しようとねらっている」との事実は認められない” ときっぱりと断じ、能瀬英太郎氏の被告への批判は、公正議論の範囲内のものであり、むしろそれに対してウソを羅列して攻撃する被告の態度のほうが法的に通用しない姿勢である点を、高裁自ら、再々にわたり強調することとなった。

   特に項目6では、「仮に」と前置きしたうえで、「仮に…(中略)…救済されている被害者が多数あるとしても…」被告の言い分は通用しないと断じた。これは、被告が「ひかり協会事業で資金が分配されている」ことを自己正当化の枕詞でしつこく利用することに釘をさしている。
 そもそも被告は救済基金ではないが、被告が都合のいいときだけは「ひかり協会」と一体化しているかのようなポーズで、自己への免責をいくら主張しても、市民への誹謗中傷は不法行為の水準に達しており、その正当化には使えないとしている。
 また項目8では、被告が、“会員が動揺するから、やむを得ず(ウソの誹謗中傷)記事を書いた”というようなロジックに関しても釘をさし、“「ひかり」の一般読者が有していた知識ないし経験等を考慮しても…(中略)…控訴人の上記主張には理由がない。”としている。
 これらの補足条項によって、被告の正当性主張はその土台から、完膚なきまでに否定された。


腐敗した組織に挑む勇敢な市民。その姿が民主主義の最後の守り手を動かした。
 地方では案件の稀な名誉毀損訴訟で、民主主義の最後の守り手としての裁判所の機能を如何なく発揮した事例として注目に値する。 また、原告は、一文の得にもならないどころか、重症被害者支援の過程で見えてきた被告団体の腐敗に対してリスクを省みず疑義を唱え、社会的正義の実現のため膨大な労力を敢えて引き受け、経済的事情から弁護士代理人を立てられなくとも、独学で本人訴訟を提起し、被害者団体の悪弊に対して第三者の立場で真正面から問題提起を挑んだ。
 この能瀬英太郎氏の姿は、戦後日本社会が生み出した数少ない「市民精神」の真骨頂を示すものといえる。同氏の、この挑戦そのものが、歴史に永く賞賛の言葉と共に刻まれるだろう。

市民へのウソを平然と機関紙に書き連ね、世間をダマす態度が、「被害者を守る」事??
 ところで、判決言い渡し日に、裁判所の被告席に出廷しないという態度をとる被告が、判決前に裁判所に対して申請した「弁論再開の申立」の「立証事項」で、被告は、以下のように述べている。

 「証人は、控訴人常任理事会の一員で、甲1の起案をし、甲1の発行を決めた常任理事会に提出した者である。甲1を発行した目的事情と、被控訴人が、被害者の願いや幸せを実現しようと思っていない、守る会の混乱変質とひかり協会を破壊しようとねらっているという文章を作った根拠について立証する」
 
 こんな申請が通るわけがない。

 困ったことに、そもそも被告が、忘れているのは、この被告側証人が作ったという文章がウソにあふれており、すでに裁判所が、それらを「ウソだよ」と認定していることである。
 ウソを平気で書く者が、“わたしたちは困ったあげく、ウソを書かざるを得ませんでした” などというロジックを裁判所に無理矢理ねじ込もうと最後まで試みたことには、正直、驚かざるを得ない。

 ウソを機関紙に平然と書き連ねることができる組織幹部が、そもそも、正常な感覚でもって公害被害者の真の利益を代表し得るのか?という極めてプリミティブな問題が、本来、真っ先に提起されるのが常識というものだ。


 こんな単純なことに気がつかないようでは、「自浄」も「改善」も望み薄というべきか?…。こまった世の中になってしまったものだ。

税金をちゃかり流用しておいて、納税者を「よそ者」などと不法に攻撃する被告の廉恥心欠如。
 
今回有罪判定を再度受けることになった被告が、国民の税金を流用しながら、国民に「「よそ者」という悪罵を投げつけていることを重大視したい。
 国民の納税した税金が「国民との合意なし」に流用されている。それは、「納税者」に対して「よそ者」などという暴言を投げつけ、国民に対して不法な手段で攻撃を行う被害者団体の幹部が、行政へ「根回し」することによって作られたシステムである。一見、公害被害者への手厚い支援のようにも見えるが、どうもそうではなさそうだ。被害者が重症化すると基金からのわずかな支出が更に削減される奇妙奇天烈なシステムにすべてが言い尽くされている。
 公害加害企業の支出削減の巧妙なトリックに、納税者の貴重な税金が下駄履きとして「くみこまれて」いるのである。公的資金が、被害者の加害企業への不満を抑える「てこ」に使われている。きわめて狡賢いやり方だが、これほど国民に失礼な税金の使い方はないといえる。
 仮に、救済基金本体が、透明性と説明責任の義務を堅持していれば、つまり、誠心誠意、被害者救済への努力を「自己犠牲的に」行い、なおかつ、国民の批判を受け止める公明正大な姿勢が担保された組織であれば、税金の流用に寛容になれる国民も一部にはいるだろう。だが、その逆の場合は、話は正反対となる。

不法行為のオンパレードも「談合」の結果?
 原告の指摘してきた被告の所業、正確には、被告団体と役員を兼任する基金(=「ひかり協会」)幹部のやり方の一例を示す。
 かれらは、被害者への処遇をはるかに上回る厚待遇を受けていることにあぐらをかき、その上で、税金である国の障害年金をセットで受給させ、その公的年金を下駄履きさせた重症者の「受け取り合計額」というものをあらかじめ設定し、その合計額を、あたかも、自分達の実施している「保障」であるかのように主張する。
 その一方で、被害者が重症化すると、国の年金支給額が増えることをいいことに、今度は、重症化した被害者への「基金からの支払い額」を一転、減額し、重症者にも、更に重症な重症者にも「ランクの別なく平等に貧しい状況」を強いてきた。
 これが、結果的に原因企業の負担が減るように誘導する仕掛けだと批判されている。このトリックは余りにわかり易すぎるものとして紹介するが、他にも多くの問題が蔓延しており、これらが国民から批判されると、批判されているはずの「基金」(ひかり協会)は沈黙を守り、一方で被告・被害者団体の幹部が登場してきて(基金と兼任しているから、肩書きを替えているだけ。公益財団法人の肩書きではまずいとの判断をしたのだろうが、意味がない)、批判する国民(=納税者)へのなりふり構わない攻撃を展開してきたのである。

「利益」の掛け声の裏で進む精神的奴隷化
 再度まとめると、「より重症化した被害者にも、国の年金との合算額の“平等”=“頭切り”」を強いている。だが、これだけでは到底、納得が得られない。したがって、誰とは特定できない形で、「よくしてもらってありがたい」という本末転倒したプロパガンダが展開され、「お金をもらえるだけありがたい」といったふうな考え方が、大手メディアも動員して絶えず宣伝されてきた。ヤラセで有名となった某テレビ局の「ドキュメンタリー」で登場した「ヒ素ミルクの被害者で良かった」との発言に正直驚きを隠せないと感想をもらす一般国民もいる。このような「頭切り」をはじめとした異様なシステムを納得させるマインドコントロールであると指摘されても仕方がないだろう。
 一方で、「公害の被害者も障がい者も、とりあえずカツカツ生きていければ十分では?」という、
世間一般にある恐るべき差別意識が、「わが子の生活水準の低さへ抗議する親」の叫びがほとんど「黙殺」されてきた背景にずしんと居座っている。被告がこれまで勝手気ままに自らの会員を取り上げて「働かない被害者」という言い方をしても、腰を抜かすほど驚くものが殆ど居らず、果ては「任意団体の内紛だ」などと、かつての森永が展開したのと同じ論理で、冷たく評論する者まで出てきていた背景には、現代・最新の差別意識が重く存在しているといえるだろう。誰も、わが子が毒入り食品を明日飲まされて障害を負うた時の気持ちを想像することができないほど、精神の劣化が進んでいるのだ。1969年に立ち上がった市民の精神よりはるかに後退しているといえるだろう。だからこそ、東京電力の責任もまともに追及できない社会に成り果てているのかもしれない。
 見かけの金銭を通じたコントロールを補強するために展開される「下僕思想の注入」
(※1※2)が、被害者というより、それ以前の「人間としての尊厳への自覚」「人間として果たすべきモラル」というもっとも根源的な部分を大きく喪失させているのが、この問題の罪深さである。

※1
救済施策の改善を提案する原告に対し、「森永乳業の経営を悪化させてはならないと考えている」という「極論的見解」を公然と「対置」しつつ、自らの長年月にわたる厚待遇への言及は絶対に避ける被告の姿は、その一例だ。

※2
ウイキペディア改ざん事件

被告との絡みは未だ不明であるが、ウイキぺディア改ざん事件では、基金の「事業」を大礼賛するものが、法廷では通用しなかった森永無罪の立論を試み、挙句には、(重度被害者は)「森永はよく責任を果たしてくれている」(森永を)「評価している」とまで書いた。このプロパガンダが、よこしまなものであることは、校正(修正)の場面で、改ざん者がネットワーク上に一度も現れず、まったく反論もしなかったことで端的に証明されている。

 また、意に沿わない被害者には、「誤支給問題」などを唐突に持ち出し、前述のランク切り替え時に生まれた数百万円に上る差額を数十年さかのぼって返還するよう重症被害者に要求するなどの著しいモラルハザードな行為も実行している。(この部分には更に深い底なしの闇があるが、紙数の関係で省く→詳細は「榎原訴訟陳述書」の項目28をご参照)「個別対策」の実態はこのように陰惨なものとなっている。

国民を「よそ者」と言い捨てるなら、税金を返還するのが筋
 被告は、これらの行いを、“行政・原因企業と緊密に連携しているから我々は正しい”と、パブリックセクターをお墨付きに利用しながら、一転、物言う重症者を義憤から支援した納税者を「よそ者」と「不法に」攻撃してきた。
 ひかり協会救済事業監視塔」掲載のイラスト
国民との合意などなく、なし崩し的に税金の流用をし、私企業であり巨額の利益を手にしている森永乳業の支出削減と責任の軽減に誘導している、と「官民癒着」の現状を告発している。

 国民が「よそ者」ならば、被告は、これまで国民から頂戴してきた税金を、納税者へそっくり返還すべきだろう。過去に受け取った潤沢すぎる給与への贖罪として専従者が個人借り入れして返済すればいいことだ。
 また、逆に、彼らの、“行政・加害企業との緊密な連携”(三者との連携)という言い分が事実ならば、
「この不法行為も、政治的背景としては、三者があらかじめ了解しあって、談合・実行しているのではないか?」との疑いが生まれるかもしれない。

官僚が公害企業と公然談合した原点が森永事件
 だいたい、厚生省からして、1955年事件当時から20年間にわたり、メディアと弁護士まで加えた御用学者の鉄壁トライアングルを構築する先頭に立ち、加害企業と公然と談合・野合を続けた国である。しかも厚生省はなんら懲罰をうけていない。このようなやり方が、当時からあいも変わらず継続し、仮に、既に固定化しているとすれば、食品安全行政にとっても、社会秩序にとっても、重大な脅威を明示していることになる。
 このような事態がもっと早めに指摘され、社会問題化していれば、旧・原子力安全・保安院のあからさまな癒着構造への疑義も連鎖的な気付きとして生まれ、東電原発事故の行方も違ったものになっていただろう。残念ながら原発がこれだけ破裂しても、森永ヒ素ミルク中毒事件での現在進行形の事態を重大な教訓として把握しきれないこの国には、深刻な課題が数多く積み残されているといえる。

現状の放置が確実に準備する「次の惨事」
 だが、もっと深刻な問題としては、このような当事者団体の悪弊は、第二、第三の公害の危機、環境破壊の危機を準備する最短の道であると言う点である。
 当事者団体を篭絡する原因企業、篭絡欲求にかられた原因企業の意図を見透かし、それを利権の草刈場としてあさる政治勢力の無節操な野合
(※3)が放置されれば、日本が産業公害から学んだ教訓は無いも同然となる。それは、即ち同じ事態の再現を促す結果になる、ということが明瞭に予想されるだけである。残念ながら、食品行政でも、放射能汚染食品は言うに及ばず、「次の新たな惨事」が準備されつつあると指摘せざるを得ない。次に被害をこうむるのは一体、誰になるのだろうか? 

※3被告団体幹部、30年前から加害企業に内通─被害者の訴訟妨害も画策─
 恐るべき癒着の事実を原告が準備書書面で公開


外に「敵」をつくり不正常な統制を続ける、お決まりの手法
 仮に、被告団体が、その不正常な運営を隠蔽
するために、「会員を扇動しようとする国民」という原告に対する不法なイメージをデッチあげ、外部に「敵」をつくって、内部統制を貫徹し、基金のあり方への批判まで抑えようとしているとしたら、とんでもない筋違いだ。だが残念ながら、この間の被告による「緻密に配置された体系的なウソの展開(プロパガンダとも言われることがある)」と被告の一般社会人への恫喝的行動の経緯を分析すると、被告は、このような効果をあらかじめ計算した上で、良心的市民に過ぎない能瀬英太郎氏を血祭りにあげ、「見せしめにしようとして」攻撃したフシが伺える。
 活発に批判をする一部の会員自体よりも、それを時々手助けする市民を「一見お門違いしたかのように」集中的に攻撃し、会員と国民を分断した上で、会員の自由な言論を内部で妨害し(榎原訴訟で原告が暴露している、総会会場での複数人による監視・束縛的行動なども含む)、被害者会員の国民・市民としての自覚を奪い、彼らを「あくまで特殊な利害関係に基づく閉じた世界の住民」であるかのような思考方法へと誘導する手法…。これは、偏狭なナショナリズムを使って、国民を言論統制し、戦争へ突き進んだかつての軍国主義者の思考方法とも酷似している。同時に、民主集中制の全体主義的内部統制の手法とも見事に共通するものだ。


★森永ヒ素ミルク中毒事件の経験、その後をめぐる裁判の連続、戦後半世紀をはるかに過ぎても未だに企業犯罪を精算できないわが国の現状、企業と癒着をはかって延命するスターリン主義・民主集中制の存在など、海外からも “冷戦構造的思考方法から未だに脱却できない東アジア西端国家の経験” として興味深い考察対象にされている。

台湾研究者のコメント
http://www.wretch.cc/blog/tokura/21587459
        
控訴審、開始と同時に終了(結審)

被告代理人「とりつくシマ」なし
    控訴審1回で終わる。
 公害被害者救済のあり方を批判する市民(能瀬英太郎氏)に対して、機関紙を使ったウソの羅列で人身攻撃をした被告「森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会」は、3月26日の一審判決で、不法行為の認定を受け、原告に対する損害賠償を命じられた。(能瀬訴訟 第一審
 被告はそれを不服として控訴し、5月29日には44ページの控訴理由書(書証含)を提出、第1回公判当日には、さらに追加で40ページ(書証含)の書面を出してきた。
 2012年7月17日、広島高裁岡山支部にて、控訴審の第一回公判が開かれた。(原告は出席、被告は代理人のみ出席)
 ところが、公判は10分もたたないうちに終わった。そして同日の公判をもって控訴審は終了、つまり「結審」した。


公判開始直後からのやりとり(要旨)
裁判官 
「あまり新しい主張はないね」「特に新しいということは無いね」

被告代理人
「新しい事実はある…」

裁判官 
「主張しているものは、今まで出ているのでいいね」
「結局、控訴人(被告のこと)は和解をのめなかったんでしょ」

被告代理人
「率直に申し上げて、被控訴人(能瀬氏)の出した準備書面はあまり読めてない」   

…(中略)…
裁判官
「もう裁判官が判断するしかないかね」…(中略)…
「前の裁判官が熱心にやってくれたからね」

裁判官
「これで結審。判決は9月27日 1時10分。」

〜終了〜

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平成21年(ワ)第249号損害賠償等請求事件
原告 能瀬英太郎 →「被控訴人」
被告 森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会 →「控訴人」
    係争法廷 岡山地裁 →広島高裁岡山支部 庶務課 086-222-8851
⇒※第一審のページは→【能瀬訴訟】一審(判決文全文掲載)
2012.7.17 原告 第1回準備書面
腐敗の実態が追加公開される。
─広島高裁岡山支部─


 歴史の闇が一気に明るみ
 被告団体幹部、30年前から加害企業に内通
被害者の訴訟妨害も画策─

■ 能瀬訴訟 控訴審  第一回準備書面 原文 ■
 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-nose-sosyou-stage2-dai1kai-jyunbisyomen-g.pdf
10p−12p 付近、特に注目
(書証は容量上外したが、裁判所で閲覧可能。書体のみ、ゴシックへ変更)

日本公害史上、最悪の汚点
     控訴審は1回で結審したので、準備書面はこれだけ↑

 被告の不法行為を認定し、損害賠償を被告に命じた今次・一審判決は、被告のメンツを最大限考慮しながら書いた裁判官の苦心の作だ。被告の不法行為は認定されたが、被告が能瀬氏の心の中を知り尽くしていると言わんばかりの超主観的な人身攻撃についてだけ適用した。つまり、最小限に違法行為を認定したに過ぎない。被告はそれさえも不服らしい。争点となった事実関係=即ち被告が機関紙に書いた内容がウソだと裁判所から認定されたことなど気にならないようだ。ウソを書くことへの反省が全く見られない…こんな最低限のモラルが無ければ、どこまで行っても、結果は同じだ。
で、広島高裁岡山支部は、控訴審を1回で終了した。

 いずれにしても、あれだけ、機関紙でウソをもとに原告を口汚くののしっておいて、自らには、完全無欠の無罪判決を期待していたとは、驚くべき発想だ。
 係争事実に関して全部、被告のウソが証明されたが、それでも、被告に少しは花をもたせてやろうという裁判官のハカライが判決文の随所にある。それが理解できないらしい。
 裁判官は、被告がウソをついている事実は否定しようがないから、ウソであることを断じた上で、ことごとく叱っている。だがその上でも、

…「事実が真実であることの証明がないときにも、行為者において上記事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されるのが相当であるところ」…

といった極めて寛大な判断を、公益側からの一市民への確信的報復行為にさえも適用して、被告のメンツをかろうじて保ってやった。にも関わらずこれを不服というのだ。ここで失われたのは、「被告の行き場」だ。それに気がついていないらしい。
で、広島高裁岡山支部は、控訴審を1回で終了した。

メンツ優先する結果、「薮やぶへび」 に陥るパターン。
 加えて、被告は、この裁判で原告が目指した重要な目的の一つが、原告自身が「判決前」に公開した談話
(※1)で主張したとおり、歴史の闇を明るみにすることであることに、まだ、気がつかないようだ。 
 ※1「重大な出典と証拠の開示に成功」能瀬英太郎 著
 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-nose-sosyou-hanketsu-pre-danwa01.pdf

 被告団体の創設者であり、被告団体から1980年代半ばに謀略的除名をうけた、故・岡崎哲夫氏はこう述べている。

 「たとえ金で買収され、世間が凄惨な事件を忘れようとも、歴史を欺くことは決してできない。」

 犯罪企業に飼われた民主集中制が現世の利益にまみれ、得意とする独裁的内部統制で社会的弱者を管理することもまた、彼ら自身を汚辱で満たし、その所業が、歴史に永久に刻み込まれるだけである。
 声なき声の圧殺は、仮に一時的に成功しても、翻ってその対極の印画紙に、浅ましい人間の負の姿を焼付け、定着させるだけである。

(当サイトでも、被告が控訴するまでは、被告有罪の文言を差し控えていたが、被告が自分からこのことを実質的に認める事態に、正直驚いている。この判決文の行間からは、 「この判決に不服ならば、控訴したほうが、その時点で <負け> になる、ということですよ。その精神性の偏狭さにおいて…」 というメッセージが今さらながら聞こえてきそうである。裁判官は、公正議論に、絶対的最小限のモラル=「人身攻撃の禁止」を要求したに過ぎないのであるから。)

■歴史を欺(あざむ)く行為とは 
 本年、2012年1月のウイキペディア大量改ざん事件でも明らかとなったが、加害企業の犯罪を免罪し、凄惨な歴史の本質を偽造する行為に手を染める者は、表向きどんな美辞麗句を語ろうとも、企業の金をどう分配しようとも、公害被害者の全人格をもてあそび、否定することに他ならない。なぜなら、歴史の改ざん自体が、人間の尊厳・個の尊厳を否定することにつながる行為だからである。

 ウィキペディア(Wikipedia)事件 加害企業の免罪を目的とした法理の改ざん
 http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-wikipedia-kaihen-pdf-ver1.pdf

   
能瀬訴訟 裁判資料】
 原告側準備書面(岡山地裁への提出文書)

 被害者への差別・暴言、被害者の父親への素行調査記録、公務員、議員の不可解な動き、マスコミ・学術研究者への恫喝、機関紙を総動員した市民への誹謗中傷など、驚くべき不法行為の数々。

控訴審 原告側 第一回準備書面 原文
 10-12p 付近、特に注目
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/morinaga-hiso-nose-sosyou-stage2-dai1kai-jyunbisyomen-g.pdf


一審 原告側準備書面 原本公開
第3.
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-genkokugawa-jyunbisyomen3-pdf.pdf

第5.http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-genkokugawa-jyunbisyomen5-pdf.pdf

第6.http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-genkokugawa-jyunbisyomen6-pdf.pdf

第7.http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-genkokugawa-jyunbisyomen7-pdf.pdf

第11.http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-syosyou-genkokugawajyunbisyomendai11kai.pdf

第12.http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-syosyou-genkokugawajyunbisyomendai12kai.pdf

■意見言うと暴言浴びせられる被害者
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/kyoukaisyokuin-sabetubougen-03.pdf

■意見言うと監視される被害者家族1
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/himajinno-supaikoui-02.jpg

■意見言うと監視される被害者家族2
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/yamadasi-jinkenkyusai-mousitatejiken.jpg

■異なる意見はダメと公言する組織
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/jinnkennkyuusai-s01.jpg


被告側準備書面の分析
■被告側提出第3回準備書面の分析-pdf file
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-hikoku3kai-jyunbisyomen.pdf

■被告側提出第4回準備書面の分析(総評)-pdf file
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-hikoku4kai-jyunbisyomen.pdf

■被告側提出第6回準備書面の分析-pdf file
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-hikoku6kaijyunbisyomen-hihan.pdf

■被告側提出第10回準備書面の分析-pdf file
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-hikoku10kaijyunbisyomen-hihan.pdf


解説
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-kaisetsu-vol.1-pdf.pdf
http://ww3.tiki.ne.jp/~jcn-o/nose-sosyou-kaisetsu-saishin.pdf


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当サイトの学術論文アーカイブからも、ご覧頂けます。


↓現在の問題点にまで踏み込んだ能瀬英太郎氏のレポート


↓能瀬レポート 英語版  (Nose Report)
The Morinaga Milk Arsenic Poisoning Incident  50 Years On   by Eitaro NOSE

表向き「公正中立」を偽装して登場した「第三者委員会」が、被害者を無視して
勝手に作った不正な「診断基準」。その文中に使われた「原病」という表現に
ついての解説つき。↓
能瀬レポート日英対訳版 まだ解決を見ない日本の戦後初の産業公害 PDF:136KB 
(著作権Free: 英語教育の教材等ご自由にコピーしてお使い下さい。)

(日本における第三者委員会方式は森永事件以降、常用され、水俣病でも被害の隠蔽に活用されるようになる
という要注意なもの。)

↓救済システムでの問題発生を学術的視点からすでに予期している秀逸な論文。



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