(2000/05/19毎日新聞ニュース速報)

<政治家の金脈、人脈>業界団体を狙え 法改正で切り崩し


 4月28日夜、横浜市青葉区の雑居ビル。区の歯科医師会会議室で次期総選挙の推薦状授与式が始まった。部屋いっぱいに置かれた56個のパイプいすを歯科医師たちが埋めると、正面左にこの日の主人公が座った。

 無所属現職で次回は民主党推薦で出馬する中田宏氏だった。

 青葉区と川崎市宮前区でなる神奈川8区は、自民党から橋本龍太郎内閣当時の首相秘書官で元通産官僚の江田憲司氏が出馬する。

 「なぜ、江田ではなく、中田なのか」。あいさつで吉川治良・青葉区歯科医師会長は切り出し、医療問題への関心の差を挙げた。

 推薦状を高々と掲げ拍手に包まれる中田氏。しかし、カメラのフラッシュに気づくと、取材記者に退場を求めた。後で中田氏は「自民党を刺激したくない。歯科医の皆さんは大変な圧力と戦っている」と釈明した。

 日本歯科医師会は、自民党の有力支持団体で、神奈川県歯科医師政治連盟が前回総選挙で推薦した14人は、全員が自民党候補だ。しかし今回は「2〜3人、民主の候補になるかもしれない」(原慶治理事長)という。

 その変化の背景に、この日、民主党が議員立法で国会に提出した法案がある。

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 「身体障害者福祉法」の一部改正案。身体障害者手帳の交付手続きなどを定めた法律で、手帳の交付希望者は申請の際、診断書が必要だ。現行法で診断書を作成できるのは
医師だけだが、改正案はこれに歯科医師を含めている。

 現行法の下、現場でおかしなことが起きているのは確かだ。1984年、食べ物をかみ砕く「そしゃく機能」が、手帳を交付する障害の対象に加えられた。患者は歯科医から治療を受けるが、診断書を書いてもらうことはできず、診断書を手にするためだけに耳鼻いんこう科を訪ねる。瀬戸皖一(かんいち)・日本口腔外科学会理事長は「不必要な手続きを強いて社会に混乱を招く制度だ」と断ずる。法改正は、歯科医師会の「悲願」だった。

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 改正案提出を決定づけた会談がある。

 4月17日、東京・九段北のビル9階にある日本歯科医師会会長室。臼田貞夫会長は羽田孜幹事長ら民主党幹部と会い「一党支持の時代じゃない」と言った。同席した民主党の桜井充参院議員は「民主党も応援したい」という言葉も確かに聞いた。法改正の話もその場で出たという。

 臼田会長は、会長選で4選を目指した中原爽氏を破り4月に就任した。自民党参院議員でもある中原氏は「厚生族のドン」と呼ばれる橋本龍太郎元首相の支援を受けていた。トップ交代のスキを民主党は見逃さず、会談を持ち掛けたのだ。

 これまで改正が実現しなかった背景に、日本医師会への自民党の配慮を指摘する声は多い。内科医でもある桜井氏は「医師会は現行法を変えると医者のステータスが崩れると考えている」と指摘する。

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 会員数6万3500人の歯科医師会と、15万1900人の医師会。政治資金収支報告書によると、96年以降の3年間で、自民党の政治資金団体「国民政治協会」への献金額は、歯科医師会の政治団体が10億2510万円、医師会の政治団体が7億8500万円。同党の党友組織「自由国民会議」を除くと、2つの団体で献金額のトップを争ってきた。歯科医師会にしてみれば、多額の資金を提供しながら、要望が通らないもどかしさがある。

 臼田会長は発言の真意について「自民党支持をやめたわけではない。ただ、連立の時代でもあり、地域の事情もある。献金については、会員が納得できる使い方をしていく」と述べた。

 自民党も水面下で反撃を始めている。

 5月の連休明け、歯科医師会役員は旧知の民主党幹部と食事をした席で「エラい目に遭ってますわ」とこぼした。民主党の熊谷弘幹事長代理も「自民党はすさまじい締め付けを行っている」と警戒を強める。

 医師会は「多忙」を理由に取材に応じなかった。


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