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第8章 聖地バラナシ(ベナレス)
いつものように列車で街に入ります。聖地ベナレス。バラナシと表記した方が実際の発音に近いようです。私が到着したのは、ホーリーの祭りの前日でした。ホーリーの祭りとは水を掛け合って祝う祭りなのですが、その意味は私にはわかりません。あるいは、当時聞いていたかもしれませんが、憶えてはいません。
街はすごい人です。縁日状態です。人波というより人の渦で、歩くのもままならない状態です。力車と金額交渉をするのにも、人に押されて長時間は出来ません。やはりホーリーということで、人が集まってきていたのでしょう。宿を確保してガートに向かいました。沐浴場です。バラナシの沐浴場を見る、インド観光のハイライトのひとつでもあります。途中にはさまざまな店が並んでいます。全て宗教関係の商品で、眺めても興味をそそることはありませんでした。自身に宗派の意識がないのに、インドにおける宗教に目を向けるほど私は出来た人間ではありません。
ガートに着きました。しばらく様子を見ながら歩きました。腰をおろして彼らの行為を眺めます。沐浴ですから、水に入り身を清め、神に祈りをささげるわけです。何度も何度も体を沈め祈っている姿は、確実に心に響いてくるものがあります。思わず私も入ろうかなと思ったほどですから。私の足を止めさせたのは、水の汚さとショルダーバッグの中のカメラが気になったためです。しょせん、私の宗教観はこんなものです。宗派の違う外国人が水に入ったとて、彼らは異様に感じるか、馬鹿な観光客と思うだけで、結果的には正しい決断だったようです。
一方で彼らは、口をゆすぎ、体をこすり、衣類も洗います。これも祈りなのか?どうも、祈りも日常の行為も一緒に済ませているようです。修行者かもしれません。シャワーの設備を持たぬ人たちかもしれません。もっとも路上生活者たちには、バラナシ詣でをするほどの余裕はないでしょうが。
いずれにしてもある種の感動を覚えた私は、写真に収めたくなりました。
しかし、あくまで宗教的な行為をしている彼らに無遠慮にカメラを向けることなど出来ません。撮影の了解を得るほどの語学力を有していない私です。この混雑のなかジェスチャーでそれをやると、人だかりになるのは目に見えています。そうなれば彼らはポーズをとり、記念写真の送付先のメモを抱えて帰るだけになります。先ほどから盛んに声をかけてきている、観光手漕ぎボートを奮発しました。どうせならと、幼い兄妹のボートへ。ま、雇い主の狙いどおりではありますが。
ボートが岸から離れると、水のにごりも幾分かはましなようです。
岸の様子を写真に収めながら、しばらく景色を楽しんでいました。岸沿いにボートを進めてもらうよう伝えます。洗濯場も見えます。石に叩きつけるようにして洗っています。量も半端じゃない。クリーニング屋かもしれません。それにしてもこの水で洗濯して金取るの?子供たちに尋ねます。解りません。英語は通じないのですから。返ってくるのはこぼれるような笑顔。ここでそんなこと解ったからってどうってことないし。それにしても彼らは一番のサービスを心得ています。最上級の笑顔。
なにやら煙が立ち昇っているのが見えます。ボートを向けてもらいます。岸辺に台があり、その上で何かを焼いているようです。耳にしていたので確かめると果たしてその通りでした。斎場、つまり死体焼場です。沐浴場から50mと離れていません。カメラを向けようと思いましたが、思い直してやめました。死者を弔っているのですから。しかし沐浴場からあまりにも近い。さすがに主となる沐浴場の川下ではありますが。沐浴場はここだけではなくいくつも連なって配置されています。しかもあの程度の火力で灰になるはずもありません。半生の死体を川に流すわけ?長年の疑問は最近になって解決しました。死体がいろんなところに引っ掛かってしまうために、インド政府はワニを輸入して処分をしているそうです。彼らの宗教観では、死体は、すでに物でしかないそうです。一方で沐浴をしている人は大丈夫なのか?新たな疑問が生まれてしまいました。
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