第9章 ホーリーの戦い


「インドは恐い。」よく耳にする言葉です。それを否定はしません。恐いと言う言葉のなかには多くの意味が含まれていますから。インドにおいて、暴力的な怖さは感じたことはまれでした。しかしこの日だけは別でした。

ホーリーの日には水を掛け合って祝います。もうひとつこの日にできること。それは酒が飲めるのです。(わたしも聞きかじった内容なので、誤りがあればご容赦ください。できれば指摘のメールをいただければ訂正いたします。)
インドでは、禁酒の州があります。ここバラナシもその州のようでした。そしてこの日だけは飲んでもいいようです。昼前には酔っ払いの姿も見え始めました。日本でも酔っ払いは見かけます。当のわたしも大きなことは言えませんが。しかしインドの酔っ払いはなんだか怖いのです。普段飲まない連中が、いきなり飲むとこうなるんだというお手本を示してくれます。理性が吹っ飛んでいるって感じでしょうか。

そんな中でホーリーの祭りは佳境に入っていきます。かけていた水に色粉が混じり始めます。額なんかにつける赤っぽい色粉です。ホテルで出発の荷造りをしていた私は、同宿の日本人に呼ばれました。「屋上で面白いことになってる。はやくはやく。」上がっていくと水入りゴム風船が飛び交っています。向かいの建物の屋上にいる連中と投げ合っているのです。下のほうからも飛んできました。道路のインド人です。こちらにはゴム風船の用意なんかありません。飛んできても割れなかった風船を投げます。笑顔で投げたり逃げたりしていました。が、それもしばらくの間だけ。エスカレートしていくのは自然の流れというものです。戦いの構図は、当ホテルの日本人対向かいのビルや路上のインド人。味方は4人ほど。圧倒的にゴム風船の武器が不足しています。誰かがバケツに水を入れてもってきました。路上へ集中砲火です。そのうちに牛の糞までがとびかいはじめました。素手で捕って投げ返します。すでに笑顔はなくなり、命中すると歓声があがります。ガキの戦争ごっこと同じです。楽しさのためにひとつだけ忘れていたことがありました。カトマンズへの飛行機の出発時間が近いことを。

戦いの同志は引き止めようとしてくれました。しかし予約を無駄にするわけにはいきません。ホテルのマネージャーに頼んでリキシャを呼びました。リキシャは表で待っています。その向こうでは、先ほどバケツの水をぶちまけたインド人も・・・。バックパックを腹に抱えた私は意を決してドアの外に飛び出します。一斉に取り囲まれました。色粉、水、牛の糞、色粉、水、牛の糞、・・・・「はやくだしてくれー!!」

無残でした。上半身の衣類は剥ぎ取られ、彼女と一緒に買ったネックレスはなくなり、全身真っ赤。牛の糞も。やっとの事で走り出してくれましたが、力車の上で身動き取れない私に、さらに色粉や水の追い討ちがかかります。街のあちこちで同じような戦いは起きていました。ようやく空港へたどり着きました。ここは安全地帯です。しかし、とてもシートへ座れる状態でない私は、空港の事務所へシャワーを借りようと出向きました。戦士は休息したかったのです。係員は言いました。「ホーリーを楽しんだみたいだね。」
ホーリーの興奮が伝わりますか?
あいにくカメラの中はモノクロフィルムだったので、残念です。
右の写真で、おんなの人が塀に塗りつけているものに、
私はまみれたのです。
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