チャンネル

吉田 英生

 真夏の太陽が照りつけるこの頃です。これからの季節、暑苦しくて眠れない夜が多くなりますね。眠れない夜には、ついダラダラとテレビのリモコンを意味もなく押し、ボーとテレビを観ることがあります。
 僕が子どもの頃は、山陽放送と西日本放送と
NHKしか映らなかったものです。それが今では、深夜でもその10倍ものチャンネルが映る時代になっています。チャンネルが多いから、いつまでもつまらないとわかっていながらみてしまうテレビ。

 さて、子どもを育てていて困ること、なんとかしたいことってありますよね。なんとかしたいけど、何をしたらよいのかわからない。そこで誰かに相談する。だけど、「そんなことってあるわよね、そのうち変わるわよ。」と言われてしまったり、「自閉症は、厳しくしなくちゃダメなの。」と叱咤激励されて、(そうなのかな)と思いながらもそれに従ってしばらく過ごしたりしたことはありませんでしたか。その頃は、合わせるチャンネルがひとつも見つからないか、ひとつのチャンネルしか見えなかったということになります。

子どもが大きくなっていくにしたがって見直していかないといけないことに、このチャンネルの数や切り変え方があると思います。四六時中子どもと過ごす親ごさんは子どもとの関係や付き合い方にひとつの基本になる型をつくって過ごしています。このことはうまく暮らしていくことには大切なことなのです。でも、もし暮らしの中にうまくいかないことが出てきたとき、子どものほうにはチャンネルを切り替える力はあまりありません。付き合う大人の側がチャンネルを変えて、ずれ始めた子どもの暮らしをもどしていかないといけないのです。


 何年か前に指導にかかわった子どものお母さんがお電話をくださいました。新しい学年になってから、クラスの友達に執拗に悪口を言われたり、つきまとわれたりするのだそうです。
「家に帰ったらそんな様子は表情には出さず、いつもの調子です。でも、お姉ちゃんが学校や帰り道での出来事を見ていて私に教えてくれました。また学期末の懇談で、先生からもその様子を聞き、とても心配しています。

 悪口を言われることももちろんなのですが、そのことで、本人の口から、『僕なんかどうなってもいいんだ。』などと投げやりなことばを口にすることがあったり、我慢できずにモノを投げたりすることがとても心配です。相手にしないようにとは言っているのですが。担任の先生も真剣に取り組んでくださっていますが、私が何かしてやれることはないでしょうか。」というご相談です。

 
私は、3つのことを提案しました。

  1. 「相手にしない」とは、どうすればいいのか。実際にこんなことを言われたらという状況を設定して練習してみること。
  2. 学校であったことを家で書かせること。
  3. 学校で、担任の先生以外にも子どもが話しをすることができる相手を見つけること。

(1)は、悪口を言われて怒ってモノを投げる、投げるからよけいしつこく言われるという流れのチャンネルを切り替える実践練習
(2)と(3)は、気持ちの抜け道を作り、子どもにとっての相談相手を増やすこと。
具体的には、交換日記を始めることです。

 学校でのできごとは先生との連絡を取ってお任せするとして、親ができることは、子ども自身がうまくできないチャンネルを切り替える具体的な方法を見つけ子どもにアドバイスすることです。幸い、切り替えるチャンネルが増えたその子どもは、1学期末は少し落ち着いて過ごすことができたようです。

 チャンネルは、本を読むこと、人の話しを聞くこと、誰かがやっている姿を見ることで増え、子どもに向かい合ってかかわってきたことで切り替え方が身につくものです。上手な人は、いくつかのチャンネルを子どもと対している一瞬一瞬に切り替え、出し入れをしています。
 「なるほどなあ、あーやったらいいんだ。」ってことの積み重ねが見つけられる場、人、機会。それをすぐに暮らしの中に取り入れることで増える親のチャンネル、広がる親子のチャンネル。

本を読むことや講演で、方法や知識は伝わりますが、子どもに対する姿勢、信念など本当に大切なことは、息使いが聞こえるような距離で見て、声を聞き、その場の空気を感じて身についていきます。場を役立てる、人がつながる、機会を活かす、それらは、順調に育っている学齢期につくっておくことで、いつかのためのかけがえのない財産になるのでしょう。


 チャンネルが増えると見なくてもよいテレビを観てしまう私。くれぐれも増えたチャンネルを振り回さないように、振り回されないように。


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