こまったもんだ 

          吉田 英生

 机に向かって勉強をしていたKさん。消しゴムを忘れたことに気がついて、パッと顔を上げ、私に、「消しゴムを貸すのか。」と言ってくる。
貸してもらう立場の者が、「貸すのか。」とは、エラそうなと思いつつ、「そんなときは、『消しゴムを貸してください。』と言うんだよ。」と教えると、ちゃんと「消しゴムを貸してください。」と言い直す。

 エラそうなヤツなのか?
 まだことばでのやり取りが上手でないのか?

 この子の場合は、後者であって,「貸すのか。」と言われたからといって、私が腹を立てることもなし。(ただし、初対面の人に対して、「貸すのか。」とやったら、「何だと!」ということになるのが当たり前とも思えるが。)

 

さて、親と担任との話。

〜親のつぶやき〜

 今年担任した教師は、どうも子どもに熱心でない。
ベテラン教師で、風格もあり,最初に会ったときには、「今年はいいぞ。」と期待していたのに。

 学校の様子は連絡してこない、親が気にしている学校への行き帰りのことを気にするわけではなく、トラブルがあった時だけ連絡してくる。
 校長に掛け合い,じか談判をして,やっと学校が動き出し,うちの子のトラブルも減ってきた。

 

〜担任のつぶやき〜

 今年は、初めて「障害がある子」を担任することになった。
この子のことは、よくわからないけれど、できることはやっていかなくちゃ。

 手をつないでそばに居よう。すぐにどこかへとんで行ってしまいそう。
トイレには、いつ行っておこうかしら。
 でも、勉強はやれるだけやらなきゃ。アララ,友達をなんでひっかくの。

 お預かりしたからには、なんとかしようと思っているけれど,何かあったときは心配されるだろうし、おうちへも連絡しておかなくちゃ。最近やっと、付き合い方もわかってきたけど、親は校長の所へ相談に来られたそうだ。なかなかうまくいかないなあ。

 

〜親と担任との対話〜 

 「先生,うちの子は,どんな様子ですか。」

担任「最近は、友達がけがをしたりするトラブルも少ないんですよ。
   ほかの先生も応援してくださるし。」

 「家ではできることなんですけどねえ。学校でできないはずはないんです。」

担任「わたしなりに考えてやっているのですが。まだ、半年ありますし、結果を急がず、長い目で見てください。」

 「うちの子をわかろうとしてください。」

担任「私では、いけないところがたくさんあるでしょうし、まあ、もう半年ですから。」

 困ったもんだ・・・

 

担任 「十分なことはできておりませんが,学校でお預かりしている限りは,
   できるだけのことをやっていかなくてはと思っております。」

 「いえいえ、うちの子もめんどうばかりかけていると思いますが、
   家でもできることはやりますので,よろしくお願いいたします。」


というやりとりであるはずが,何かのいき違いがあれば、

 

 「やればできるだろうが。預けている限りは,十分なことをやるのが当たり前だろうが。」

担任「十分なことをやってもらいたいんなら,そういう人の所へ行けばいいんじゃないの。」


というやりとりに。その間に,寂しそうな子どもがいる。

 

 職業人は、仕事として、やるべきことはやるのが当然。やるべきことでなくても,やれること(天が与えてくれた仕事)があるなら、やれるはず。

 親は,気持ちは絶対無二の子どもの味方でありながらも、周りに向かっては,時に謙虚に,時にはへりくだる。

 私から見ると、「あんなヤツとは口も聞きたくない」と思える人が,真摯に子育てをする親の姿に絆(ほだ)されてその後,子どもの応援団になっているのを知っている。

 親の務めのひとつに,子どもの生涯にわたっての味方を増やすということもあるのだろうと思う。

今の担任は,その有力候補、かな?

 

 私は,担任した子どもの味方でいたい。

「ああ,来年も,担任を持たせてください。」と天にお願いしよう。


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