ミ ル ク

65号    

                           1999.12.29      

                              担当:鳥羽 美千子

 

 木枯らしが、吹きすさぶ季節となりました。

 比較的暖かな山陽町でも、今日は、雪が少し積もっています。

雪の中に立って、その凛と張りつめた空気に触れると、心がしゃきっとする気がします。

 

 さて、忙しい、忙しいと、1日伸ばしにしておりましたミルクの会の会報を、送ります。

 皆さんいかがお過ごしでしょうか?

 

今回 ミルクの会からは、特におしらせすることもないようなので、我が家の哲平くんのことを、アレコレ書いてみたいと思います。

              

 

   いかがでしょうか? 馬上の勇姿、哲平くんです。

  最近のお気に入りの1枚です。

 

    近所の乗馬クラブで、障害児の為の乗馬療法に取り組みはじめた、という話を聞いて早速出かけました。

怖がるかと思ったのですが、ご覧のように、緊張しながらもしっかり鞍や手綱を持って馬上の人となりました。

いっしょに通い始めた友人の話

「お父さんとお母さんをおともに両脇に従えて、まるで三蔵法師のよう」

 

それでも隠そうオチンチンの巻

 最近の哲平は、一人でお風呂へ入ります。

 その出来事があった日は、私がPTAの集まりで家を留守にした日でした。

 ですから、この話は、お父さんと、おねぇちゃんの目撃談です。

 ふたりが、居間にいると、お風呂に入った筈の哲平が、素っ裸のまんま、大急ぎの様子で居間にはいって来ました。

 洗面所に落ちていたらしい百円玉をにぎりしめ、もう一方の手でオチンチンを隠しながらやってきて、そうしていつもお金を入れている缶のなかへポトンとお金を入れて、去っていきました。

 お金を見つけたら、「缶にいれなきゃ」、そう思うのが哲平君です。

 学校で先生にプール着替えの時、オチンチンは、隠さなければならないと、教わっている彼は、律儀にそれを守ります。

 片手に百円玉をしっかり握り、もう一方の手でオチンチンを隠して、大急ぎでやって来たのでしょう。

 お金は、お風呂を上がってから缶に入れてもいいのです。パンツをはいてから、出てくるというような事は、思いつかない哲平です。私たちにとっては、かわいいねーと言えるこんな事件も、彼にとっては、色々考えて出した結論だったのかもしれません。

 つくづく、「大変な障害だなー」と思わせられた出来事でした。

 

 哲平 お母さんを助けるの巻

 夏休みが終わると、いつもは「ほっ」としたものでした。

 哲平がいると、気が抜けなくて、学校に行ってくれている間だけが、一息つける時間でした。

 ところが今年は少々違うのです。

 夏休み中、哲平に家事をみっちりし込みました。
 放っておくとボーッとしていたり、とんでもない事をやらかす哲平君です。

 この夏は、しっかり関わりを持って、将来自立できる人になれるように、家事を教えようと考えました。

 新聞取りに始まって、食器洗い、洗濯干し、掃除機をかける、モップふき、みずやり、洗濯たたみ、お米洗い、お風呂掃除…と、哲平のできそうな事は、一生懸命教えました。

 お手伝いをしてくれたら、十円をその都度もらえると言う事もあって、とっても意欲的に取り組めました。そして夏休みの終わりには、とっても彼が欲しがっていた、魔女の宅急便のCDを買いました。

そう言うわけで、この夏は、親子共々とても充実した毎日でした。

 さて、九月一日です。
 哲平君は、学校へ、行ってしまって、朝の家事をやってくれる人はいません。

 夏休み中、初めのうちこそ、教えるのが大変で、こんな事なら自分でやったほうが、よっぽど早い―と、思った私でしたが、四十日の間にすっかり家事をマスターした、哲平君に任せてしまって、怠けグセがついてしまったのでしょう。一人でやる家事の多い事多い事。

 今までは、哲平がいるから忙しかったり、大変だったお休みでした。

 今は、哲平がいてくれるから、助かる、楽させてくれる、そんなお休みになっているのでした。 

 哲平の成長や、存在感を改めて感じている今日このごろです。

 

 最近の哲平、家事以外にもいろいろ趣味が増えてきました。

「母の工房」の表紙の写真は木工で糸ノコの練習中のものです。ただし木工の趣味は夏場だけ、昔の牛小屋を改造した作業場です。冬は寒いの、寒くないの・・・って、オーサム。

・・という訳で、冬場は暖房のきいた居間で、もっぱらさをり織りや編物など。この写真も風呂あがりにパジャマ姿でさをり織りのハタの前でトントン、タンタンと始めたところです。「はやく寝なさい!」と言われて、イタズラッ子の顔をしながら笑っています。

先日の町の文化祭の折には、テントに織り機を持ち込んで、哲平が実演販売をやりました。

 

 西小スポーツワールドに、母涙するの巻

 「二十六日 お留守番」

 哲平が、そう言います。

 二十六日に何があったかしら? とカレンダーを見ると、「西小スポーツワールド(注:運動会)」と書いた字の下に、「いかないです。」と書いてあります。

 「ああー、きっと嫌なのねー」と、思いましたが、出来れば頑張って欲しいと思います。

 心を鬼にして、

「西小スポーツワールドには、行きます。」
「勝手な事は、書きません。」

そう言うと、すぐに哲平は、自分で書いた字を、ペンで塗りつぶしました。

 前に、片倉信夫先生が、講演会で
「自閉症児にとって、行事は敵です。」「勇気を出して休ませましょう。」
と言われていましたが、そうも言っていられません。

 頑張って欲しいと思いました。

 哲平は、厳しい社会の中へ、いつかは出ていかなければなりません。

「自閉症者にとって、思うようにならない一般社会」

その荒海に、いつかは、漕ぎ出していかなければならない哲平です。

 かわいそうだけれど、頑張ってもらいたい―、そう祈るような思いでした。

 

 スポーツワールドを目前にしたある日、哲平に聞いてみました。

「西小スポーツワールドは、好きですか? キライですか?」

「好きです」

そう応えてくれました。

担任の先生や、クラスの友達に助けられながら、何とか頑張っている様子が、先生からのお便りからも、伝わってきます。

練習も楽しくなってきたのか、とっても明るくなりました。

 この調子なら何とかなりそうと、当日を迎えました。

 

9月26日(日)

 リレーが始まる前、放送がありました。

「小学校、最後のリレーです。」

「そうなんだ。これが最後のリレー、これが最後の西小スポーツワールドなんだ。」

 そう思うと、今までの様々な事がワーッと私の中で浮かんできました。

 

 いろんな事がありました。一人では遅くって六年生の女の子におんぶされて走った一年生の時の事。
当時の担任の先生は言われました。「哲ちゃんのせいで、皆が負けてしまったら困ります。皆勝ちたいですからね。」

 何のためにそこまでして勝つ必要があるのでしょう。ゆっくりしか走らない哲ちゃんのために、皆で見守る優しさが子ども達の中に芽生える方が教育ではないのか・・・

そんな悲しい、つらい思いを先生は理解してはくださいませんでした。

 「色々希望もあるでしょう。でもそれならそれなりの学校があるじゃないですか。」

 

 そんな小学校生活のはじまりの年から、六年目の今年です。

 いまでは先生方は哲平の為にリレーではハンディをつけて下さっています。
第一走者の哲平はほかのチームのランナーよりもずいぶん前、もう半分ぐらいの距離のあたりからスタートです。

トットット、良く言えば軽やかに、気楽そうに哲平が走ってバトンを渡すのと、後ろから全力で走ってきた他の子ども達がバトンを渡すのがほぼ同時。
まさに絶妙のハンディのつけ方。

先生方の努力の成果です。ご苦労さまでした。

 

 またパワフルレースでは、どう考えてもリレーだったはずのレースを、哲平が参加しても大丈夫なように1回ずつのレースに変えてくださっていました。

 

 組体操も今年は扇の真ん中に入って皆とやれていました。ピラミッドでも一番下の土台の横で同じ格好で構える哲平の背中に上の段の子の手が、そっと伸びて、哲平もピラミッドに参加しているのです。

 所どころに配慮がなされていて、先生方の思いやりを知りました。

 特別扱いはしないけれど、ちょっと哲平用に配慮がありました。

 

 六年間で哲平も成長しました。先生方のおかげです。

 けれど西小の先生方も障害のある子を温かく包んでくださる優しさをうーんと身につけて下さった。そう思えるのです。

 障害のある子が社会で生きていくためには、一緒に育つ事、知る事、それがどんなに大切な事か、Yくんのちょっとした動き、「哲ちゃん大丈夫?ちゃんとやってる?」そんな気遣いの視線にも感じました。

 長い間、一緒に学校に通い、哲平を知ってくれました。

一年生の頃の彼らといっしょに体育をしたり、遠足へも付き添って、
「哲ちゃんは、どうしてしゃべらんの?」と不思議そうに問うてきた幼かった彼らの顔が、つい昨日の事のように浮かんできます。

 大きくなった彼らが次々と私の前を走り抜けて行きます。

感謝の思いで涙が止まりませんでした。みんな、本当にありがとう。

 

組体操のピラミッド。

一番下の土台の右端が哲平です。

よく見ると土台の人数が他のピラミッドより一人多いのがおわかりでしょう。

無理をさせないように、それでいて哲平もみんなと一緒に参加できるように・・と。

そんな配慮に、おもわず涙がこぼれました。

西小のみなさん、ありがとう、お元気で。

 

 母の工房へ   てっちゃん通信HPへ