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『 アスペルガー症候群への支援 − 小学校編 』
スーザン・トンプソン・ムーア:著 テーラー幸恵:訳 東京書籍
定価:2000円+税 ISBN4-487-79904-X C0037 |2000E

本書の著者、スーザン・トンプソン・ムーア女史は、アスペルガー症候群(AS)のお子さんを持つお母さんであると同時に小学校の先生でもあります。女史自らが書かれているように、息子さんが小学校2年生になるまで、ASについては聞いたことすらなく、ただ他の子どもとは明らかに違っている我が子を前に、どう助けていいのか行き詰まってしまっていたご両親でした。そして、息子さんがASと分かってからは、どう助けていったらいいのか、そして同じ障害を持つ子どもたちを救うには、どんな手助けが有効かということに専念されてこられた方です。
したがって、本書は「専門家」としての先に理論があって、それに基づいた支援法ではなく、実際の教室において子ども達が安定して日常を送れて、本来の自らの力を発揮させる授業の進め方に力を入れられています。
そのアドバイスの対象者は、同じ小学校の先生方です。各科目ごとの授業で気をつけなければならないことや、宿題の出し方、テストの際に配慮しなければならないことなどが、豊富なエピソードと一緒に紹介されています。
また女史が最初そうだったように、ASについて全くご存知ない先生がいることも考えて、基礎的な知識から入っていますので、初めてASの子を担任される先生も安心して読める本だと思います。日本でも特別支援教育の導入などで、ようやく軽度発達障害にもスポットがあてられはじめ、先生方もASや高機能自閉症の名前ぐらいはご存知の方が増えてきていると思うのですが、なにしろ不思議な子どもたちなので、実際に担任してからは、正直どう接していいか分からないことも多いのではないでしょうか。
ASの子どもたちは大きくなるにつれ、自分の必要を満たすために映画などからとった非日常的な言い回しや、日常使う語句であってもその場にふさわしくない言葉を使います。
例えば、テレビゲームをするのを許可してほしいと思ったポールは、母親のところへ行き、家の掃除を手伝ってほしいかと尋ねました。母親が、申し出はありがたいけど掃除はしなくてもいいと言うと、ポールは床に身を投げ出して泣き始めました。
母親にはなぜ息子がそんなに怒っているのかわかりません。状況をよく考えてみて、突然思い出したことがありました。2、3日前、ポールが家事を手伝ったので、ご褒美としてテレビゲームをいつもよりも長くしてもよいと言ったのです。
床で泣いている息子に、母親は優しく「テレビゲームをしたいの?」と聞きました。するとポールはすぐに泣きやみ、うなずいたのでした。
その日、後から母親はポールと、彼のコミュニケーションが伝わらなかったことを話し合い、もしテレビゲームをしたければ、家事を手伝ってほしいかどうかではなく、「テレビゲームをしてもいい?」と聞くようにしなさいと母親は説明しました。
私たちにとっては、当たり前に思えることでも、彼らASの子ども達にとっては“想定外” であることの一例です。ポールのお母さんは「状況をよく考えて、思い出しました」が、同じ知識やセンスを持っていないと、担任の生徒が突然TRM(かんしゃく、怒り、メルトダウン)に陥ったことに対し「何も思い当たることがない、原因不明」という結論を出しかねません。まず、ASについて基礎的でもいいから、正しく知っていただきたいと、本書をお薦めします。
しかし、残念ながら、本書がアメリカでの実践をもとにしたアドバイスであるために、そのまま日本の小学校では難しいと思える箇所も多いです。ASの子どもたちへの授業中の支援にしても、本書では個別に補助教員やボランティアが付くことが前提ですし、指導にあたっても言語療法士や作業療法士、理学療法士、ソーシャルワーカーなどがチームを組んで支援にあたっています。一方日本では、いまだ発達障害児の普通学級への就学には保護者の付き添いを条件にしている学校もあるやに聞いています。その差は雲泥のものがありますね。
今の日本で、誠実にASの子どもの指導に当たろうとする先生にとって、その負担は他からの支援は期待できなくて、自らの両肩でのみ背負わなければならないのが現実ではないでしょうか。特別支援教育の充実により少しでも改善されることを願っています。またそうでないと、本書の多くの部分が「絵に描いた餅」に終わってしまわないかと危惧しています。
もうひとつ、翻訳本の宿命なのですが、本書にあげられた参考論文やソフトウェア、指導に有効な子どもたちとの「遊び・ゲーム」などの例が、英文であるため、どんなものかさっぱりわからない箇所がいくつかありました。このあたりは日本で実践にあたられておられる先生方からの、日本の風習に合わせた補足をお願いしたいと思います。
そんな箇所はありますが、それを補って余りある実際の授業での手助けも多いですし、ソーシャルストーリーやコミュニケーショントレーニング、SOCCSS(ソックス)法などの具体的な応用の仕方などもあり、学校での指導に役立つ一冊だと思います。
(「会報 98号」 2006.6)

  目次

第1章 アスペルガー症候群とは?
第2章 障害の5つの分野
言葉の発達
音素(文字の発音)
語義(言葉の意味)
文中の語順について(文法)
言葉の運用(コミュニケーションを目的とした言葉)
社会的相互作用(人とのやりとり)
会話への参入
行動の社会的なきまり
感情
変更への対応
感覚統合
運動機能
微細運動スキル
粗大運動スキル
認知過程
心の理論
遂行機能
思考における厳格性
衝動性
記憶の問題
学習障害
ハイパーレクシア(過読症)
秀でた力
第3章 系統的な調整
教室の構造化
物理的なアレンジ
色による目印
グループ作り
共同作業
視覚的な補助
日課表
チェックリスト
活動プラン
オプションカード
仕事カード
パワーカード
緊急カード
秘密の合図
予告
補助テクノロジー
ノートのとり方
主部と細部
ハーフ&ハーフ
クリームと砂糖入りコーヒー
カフェインぬきコーヒー
インスタントコーヒー
児童の発表
宿題帳の使用
宿題
評価
○×テスト
選択問題
穴埋め式テスト
言葉遣い
問題の意味を明らかにさせる
疲労
テストを受けさせるためのスキル
第4章 カリキュラムの調節
算数
体系的な方法
手先を使う教材
文章問題
テスト
特別な興味を利用する
書くこと
手書き
作文の過程
社会科と理科
ノートのとり方
グループ学習
読み物を選ぶ
読書
1対1の指導
読む力がある児童
読解力
音読
つづり/語彙
つづり
語彙
書き取り
特別科目 : 図工、音楽、体育
図工
音楽
体育
第5章 ソーシャルスキルを伸ばす
不安
学校に行く準備
校舎に入る
他の児童の近くに座る
クラスメートに追いつく
難しい課題
直接的な質問に答える
皮肉への対応
視線を合わせる
グループ評価
同年齢の子どもたちとのかかわり
給食時間
構造化されていない時間での指導
変更への適応
集会への参加
代替教師
避難訓練
遠足
帰宅
パニック
遊びの重要性
遊びの評価
ソーシャルスキルを伸ばす遊び
構造化されていない遊びの時間
ソーシャルスキルの指導
ぼくは言えます(社交言語のルール)
社交言語の学習グループ
ソーシャルストーリー
SOCCSS法(ソックス法)
ぼくのための友だち:ソーシャルスキルのプログラム
第6章 チームワーク
スタッフと親とのコミュニケーション
職員

児童
チームへの参加
私の息子にできること
おわりに
参考文献
索引

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