『 ひろしくんの本(V)』
深見 憲:著 中川書店 定価:1800円 + 税
ISBN4-931363-33-4
みなさんが私と博の二人くらしになってさびしいのではないかと心配されますが、博は自分が母親を守っていかないといけないという役割と責任感をもつことができてはりきっております。姉が引っ越した夜から博は早速姉がしてきたことをなぞるように私の隣のベッドで寝てくれるようになりました。
最初の朝、私が目をさますと博の顔が目の前にあり、第一声が
「お母さん、生きていますか?」
「生きていますよ」
「よかった! 今日から二人で楽しくくらしましょうね」
と言ってくれました。そんな会話から始まる本書は、最初の「ひろしくんの本」の中でもとりあげられた日常のくらしの中から、博くん自身の希望で特に思い出深いものになっていくものについて、改めてまとめられています。また、食生活についてのものは「ひろしくんの本(II)に別にまとめられているそうなので、興味のある方はご覧になってください。
「ひろしくんの本」では簡単にふれられている、人とのかかわりや排泄についての話、35年間ずっと手離せずに最後はハンカチに縫い込んで枕に姿を変えたタオルケットの話など・・・参考になる話や心温まるエピソードもたくさん載っています。
でも、子育ての経験談などでは、ノンフィクションのドキュメンタリーの宿命として、同じ期間のことを書いている際には、なかなか第1作を超えることはむずかしいですね。それだけ、第1作には伝えたいことがあふれているのでしょう。
そんな意味で、まず第一作「ひろしくんの本」の方ををお薦めしたいと思います。それと、第1作の頃から、少し気になっていたのですが、それぞれの家族にそれぞれの生き方があるように、やはり我が家(・・・私だけかも知れませんが・・)とは考え方が違っているようにも思えました。
その一つは療育というものの期限についての考え方です。
どこまで親がくり返すことを続けることができるのか、くり返していたら必ず子どもが変化する時があるということを『ひろしくんの本」の「スケジュールを知らせていく」ことで最初の自信を私はもらいました。しかし子どもの発信がでるまで、まつことのできない先生方と親御さんが多くなっていることを私はいつも感じています。
日常のくらしは博と私が生きていく限り続くものですから期限はいらないのです。冒頭の会話にもあるように、本当にお互い、愛し合って暮らしている博くんとお母さん、幸せな暮らしを感じます。
どちらかがこの世を去るまでこの幸せは続いていくのでしょう。その意味「期限はいらない」のでしょう。でも、我が家では、夫婦ではなく、親子である以上、息子はやがて自立(もちろんさまざまな支援は必要ですが)して、一人の青年として生きていってほしいと願っています。そのために、その時々の適切な評価と、自立を目指した期限は必要だと思っています。
アメリカのIEPのように、期限までにここまではできるようにする契約・・とまでは思っていませんが、自立までに、「ここまではできるように、スモールステップで」「これは無理だろうから、別に支援の方法を考えて」・・と、将来を見通した働きかけを心がけてきました。
もう一つは、それとも関連してですが、学校教育に対する否定的な思いが気になりました。
学校というところは、親や先生が考えている以上に博をふくめて自閉症の子どもたちの獲得していくまでのリズムとは違うのです。がまんや緊張の場であっても最高の楽しい場所ではないのです。
学校を目的としてのバス乗りでなく、博のバスに乗る目的はできる限りの博の楽しい目的のためにしてきました。それはいついつまでにという期限もなく、バス乗りも一生かけてという気長さの中だからこそ続けられている貴重な体験をしています。確かに、学校生活では教えらなくて、家庭生活の方が適している面もあります。
また普通学校を選ばれた博くんは、いじめにもあわれたようです。
それだからこそ、義務教育を終えてからはすぐに親子で「学校」という場所からは縁を切られたのでしょう。それに対しては、学校の持つ可能性をもう少しは肯定的に評価できるのでは・・・という思いです。
学校でできないことで家庭でできるものはもちろん多いです。でも家庭ではできなくても、学校ではできることも逆にあるはずです。
あれほど偏食のひどかった息子が、今なんでも食べられる様になったのは、無理のない範囲で先生方が給食指導の中で、本当に少しずつ食べられるものを増やしていただけたおかげだと感謝しています。また、会でセミナーを開催してきた折りにも、親以上に熱心に先生方が大勢聴きにきていただいています。
もう少し学校の先生方の熱意を信頼してもいいのではと感じました。
それと、「ひろしくんの本」の紹介文の中でも少し触れたのですが、ご主人が「大分県自閉症親の会(現在「日本自閉症協会大分県支部」)の初代会長を務められたにしては、他の自閉症の仲間の親の方の姿が、第1作に続き本書にもほとんどでてきません。
この体験(毎日バスに乗って公園に通い続ける)を少しでも伝えて、一緒に続けることができたらと、私は毎月の定例会の中でさり気なくお話をさせていただきました。
もちろん、他県の先生方からご指導いただいた「7つのアドバイス」や前述のスケジュールを知らせることなどを伝えても、一緒に根気よく続けてみようと共感」してくださる方が一人もおられませんでした。こうして、深見さんの子育てから得たものは、また博くんだけにかえっていったのではないでしょうか。
そのあたりが、違っているなと感じた部分でした。わが子だけでなく、同じ仲間としてお互い他の子のためにも・・・そんな風に考えている我が家にも、こんな風に忠告してくださる方はいらっしゃいました。
「他の子のことなんかより、自分のお子さんのことだけ考えていないと、そのうち後悔することになりますよ」
あるいは、深見さんのように全身全霊で、わが子のことだけに力を注いでいた方が、子どもは伸びるのかもしれません。いえ、確かにそうなんでしょう。
また、忠告された方のように、わが子が一番可愛いいのが親の正直な気持ちかもしれません。それは否定しません。
でも、それって少し寂しくないですか。今、世の中にボランティアを志す方が増えてきているように思います。嬉しいことです。そして、自閉症児を育てている私たちにも、ボランティアはできるのではないでしょうか。
自分が得てきたいい経験を後に続く人に伝えて、苦しんだ体験からは早く抜け出す方法を・・なにより共感しあって、仲間づくりを目指したいと思っています。そんな思いで作ってきたNPOです。もちろん、深見さんがこうして「ひろしくんの本」を世に出されて、その体験談を語り、今こうしてそれを後に続く後輩の私たちが読んでいる訳ですから、もっと広い意味で悩んでいるお母さんたちを救っていただいていることは間違いありません。
ただ、マスメディアに頼るのではなく、身近なまわりを、今暮らしているこの地域を耕していくことの大切さも感じています。(2004.5)
目次
まえがき
人とかかわりあうよろこび
親のかかわりについての思い
くらしの中のかかわり
身近にあこがれの人がいると人とかかわりあうためには
不安を少なくする毎日のスケジュール
鏡が大好き
挨拶自分の体を知るために
健康なくらしへの思い
排泄
医療として考えたい衣の生活
生命(いのち)と向き合う
タオルケット博の「イライラ感がなくなる」時
20年の洗たく干しと片づけ
31年間のバス乗り