sorry,Japanese only

『 他の誰かになりたかった 』

藤家 寛子:著 花風社 定価:1600円+税
ISBN4−907725-62-0 C0036 ¥1600E


とてもユニークで、突き抜けたような明るさを感じる本です。

正直言って手にとってページを開くまでは、さほど期待はしなかった本でした。

「多重人格から目覚めた自閉の少女の手記」 
  アスペルガーの世界観
    〜この世界に、違和感がありすぎて私は私でいられなかった〜

そんな副題や帯の言葉から、また読んでいて切なくなるようなアスペルガー症候群の方の自伝だろうかな、最後まで読めるだろうか・・、そんな思いで最初のページを開きました。
ところが、どうしてどうして、藤家さんの世界と独特の文体にひきこまれ一気に読み終えました。
もちろん、理解されにくいアスペルガー症候群(それとわかったのは、筆者が成人されてからですが・・)をもった筆者です。幼い頃から生きにくさや学校でのいじめにもあってきています。
でも、それを乗り越え、その日々の体験を、私たち、非自閉症圏に住む者たちには分かりにくいはずの感覚・感じ方について、私たちにも分かることばで書き綴ってくれています。

アァ、こんな風に感じているんだ、・・だとしたら当然辛い思いもするだろうな。それを、こんな風に、折り合いをつけて暮らしてきたんだね・・頑張ったね。できればそのノウハウを今の子どもたちにも伝えさせてほしいな。そんな思いにさせてくれるアイデアやエッセンスが詰まった本だと思います。

例えば「歯科医院克服法」の章にある虫歯の「痛み」の感じ方・・


こう感じたら「痛い」ということ!

○ 脈拍のリズムで歯茎がズクンズクンした時
○ 風を当てられたらしみる時
○ 歯の中がチクチクする時
○ 噛んだら口の中全体に重くひびく時


こういうふうに「痛み」というものを定義して、それから初めて自分の虫歯の痛みを理解できるようになった、とか・・

相手の感情を表情から読み取るために・・・


喜び :目が大きく開いて口の両端が上がる。鼻の穴が普段より広がる。
楽しい:歯を見せて笑う。鼻にクシャクシャの縦ジワが寄る。
好き :視線が対象物を追って動く。「喜び」に似た笑顔。
 
 ・
 ・


こんな風に分析しないと相手の感情が分からないとすると、本当にこの非自閉症の文化圏で生きていくことは大変だったでしょう。

だけど、私は「不機嫌な気持ち」自体を今まで知らなかったの。「怒る」にも「戸惑い」にも当てはまらない、だけど何だかイヤな気持ちを「不機嫌」と呼ぶとは知らなかったの!
「不機嫌」は「怒る」に似ているから、私は勘違いをしてばっかりだったわ。なぜあの人は怒っているのかしら、という風に、私はいつも頭を悩ませなければいけなかったわね。
・・・・

不機嫌:顔の筋肉の動き自体は「怒る」に似かよっているけど、視線は交わる。ただし度々目を反らせ、どこを見ているか分からない。口は固く結んでいることが多い。普段よりやや低めの「声」を発する。

でもこの本を読んで救われた気持ちになれるのは、アスペルガー症候群と告知され、その障害を理解し、そして自閉症スペクトルをもった自分というものをその障害ごと受容した、くぐりぬけてきた現在の筆者の明るさでしょう。

私には言葉の裏がないから、人の言葉の裏も理解できなくて、「社交辞令」には今でも手を焼くわ。だから最初に説明が必要。「私、社交辞令は言わないし、使われても気づかないから、それでもよかったらお話しましょう」という具合にね。最近は私のダイレクトな発言で場の雰囲気を壊すことも減ったから、それは私にとって上々の生活だと言えるわ。
周りに理解してくれる友達が増えたし、自分でも知らない間に、裏の意味を取られないような発言の仕方を習得したのかもしれないわね。    
 (「言葉の裏の意味」より)

家族や友達、なにより本人が障害を理解し、“相性”の合う専門家の先生とも巡り会い、“二度目の”人生を暮らし始めた筆者が、後に続く人たち、子どもたちのためにマニュアルの形にしたり、わりやすい言葉で体験談を綴った本です。
そして自閉症スペクトルの子どもたちのユニークさ、健気さが浮き彫りになり、より愛しく感じられるようになる本だと思います。
保護者の方にも、本人の方にもお薦めの一冊です。

(「会報75号」 2004.7)


  目次

第1部 私が私でいられなかった理由

他の誰かになりたかった
怒涛の「なせばなる」人生
ココロとカラダ

第2部 アスペルガーとして生きていく

否定できなくなった「変人」
私の頭の構造
私にとっての物事の判断材料
質問する時の原則
恐怖の乗車対策
普通の人より不利な部分
欲しいのは、そんな言葉じゃないのに
かんしゃく洪水警報、発令中
言葉の裏の意味
済んでいた私の初恋
歯科医院克服法
自己回復手段シートについて
ワサワサワサー、襲来
現代的生活集中講座
私は人間の姿をした犬?!
性欲と人間
ある日曜日の個人的衝動
自閉症を扱ったドラマ
お医者様との相性
二つの生命線
フラッシュバックとの上手な付き合い方
宝物

第3部 アスペルガーの私に家族が愛せるか?

私の生まれた環境
必ず通り過ぎるべき時代
本当の家族になるために
気づかなかっただけの親の愛

第4部 本物の自分を受け入れられるように・・・・・・

私、藤家寛子という人
隠された自分への興味
他の顔になりたい
もうひとりの私
たどり着いた本当の私
これから生きていく私

おわりに
献辞


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