『 自閉症の親として
  〜アスペルガー症候群と重度自閉症の子育てレッスン〜』
アン・パーマー、モリーン・F・モーレル:著 梅永 雄二:訳 岩崎学術出版社 定価:2200円+税

題名からもお分かりのように、本書は自閉症の子をお持ちの二人の母親、アン・パーマーさんとモリーン・F・モーレルさんによる、これまでの子育てを振り返って、少しでも後に続く方への助けになることがあれば・・・という思いで書かれたものです。
アンさんの息子さん、エリックさんはその著書「発達障害と大学進学」で紹介されているように、高機能で大学に進学され、卒業して一人でアパート生活しながらフルタイムで働いておられます。一方のモリーンさんの息子のジャスティンは、ことばはもたない重度の自閉症の方で、今はカロライナファームの農場で働いておられます。
このように、二人の障害は大きく違いますが、共に自閉症のお子さんをしっかりと育てられてきたお母さんです。
本書は、2007年度の全米自閉症協会“ベスト・オブ・ザ・イヤー”に選ばれたことからのお分かりのように、保護者の方にとって、元気づけられ、また子育てへの示唆やヒントをたくさんいただける一冊だと思います。
あくまで親の立場から、怒ったり悲しんだり、そして立ち直ったりしながら、後に続く人たちのために、レッスンという形でそれぞれの内容について、具体的に、ご自身の体験を通してのアドバイスをされています。
アンさんは、元TEACCHセンターセラピストで、現在ノースカロライナ州自閉症協会の支援部部長、ペアレントメンタープログラムの開発者のお一人です(「自閉症の子どもを持つ親のためのペアレントメンター・ハンドブック」著者)。また、モリーンさんは同じくノースカロライナ州自閉症協会で地域支援コーディネーターをされています。
この経歴からおわかりのように、お二人とも療育については、TEACCHプログラムを中心として子育てされてきたのだと思いますが、本書の「子育てレッスン」の中では、ほとんど療育方法についての話はでてきません。それは、療育については各家庭で、それぞれの保護者が自らの責任で選択するものである、という考えのように感じられました。
ですから、本書では、まずは「家族生活のバランスを保つために」という章で、本人に対してではなく、きょうだいとの関係からレッスンが始まります。次に「安定した家族生活を営むために」ということで、結婚後のお互いの関係や親戚とのつきあい方に話が展開します。この流れからもおわかりのように、この「子育てレッスン」、子どもに対するレッスンではなく、私たち自身、自閉症児を育てている親に向けてのレッスンです。
子どもの人権を守り、幸せな少年時代、青年時代を保障するためには、周囲に向けて、親はどのように働きかけていけばよいのか、それを親の目線からアドバイスしていただいています。その中には、私たち自身の気の持ちようについてお話もあります。曰く「睡眠を優先すべき」「私たちは「ほどよい親」であると認めよう」「ユーモアのセンスが戻ってくれば安心」などなどです。
また、私たちがともすれば陥りやすい学校での先生との関係についても1章を使って述べられています。
題して「対立から脱皮しよう」です。「教師等の専門家との関係が親のストレスを引き起こす」「教師等専門家も親との対人関係にストレスを感じている」などなど、なにより子どものために、です。
では、本書のそんな数々のレッスンの中から一つ紹介しましょう。
「レッスン 早期介入が必ずしも未来につながる唯一の鍵ではない」です。
早期の介入が、親が子どもをサポートする最初の段階であるということは、疑いの余地はありません。多くのメディアが自閉症治療の鍵として、早期介入に注目していることも驚くべきことではないでしょう。
しかし、早期介入しなかったからといって、五歳前に数年の介入によって、その後の全人生に違いが出るわけではないと認識する必要があります。なぜなら、学習能力は五歳でストップすることはないからです。
事実、自閉症児たちは二歳であろうが二十二歳であろうが、常に学習し、成長を続けています。将来の自立のために、子どもたちのスキルを伸ばすうえでタイムリミットはないのです。
そうですね。適切な早期介入が自閉症児にとって有効なことは間違いありませんが、本書のこのレッスンで紹介されているように、高機能なエリックも、重度なジャスティンも、そして我が家の哲平も、20歳を過ぎても、新しいスキルを獲得し、伸び続けています。
「22歳になってもエリックは、私たちが考えたこともない新しいスキルを学習し、私たちを驚かせ続けています」
「ジャスティンは他の多くの自閉症の青年と同じように一生学び続けるように思います」
子どもたちの未来に、希望を抱かせてくれるレッスンですね。
ゆっくりでも一生成長し続けてくれる自閉症児たちの子育ては、これからもまだまだ続きます。その成長に喜びを感じながら子育てを楽しませてもらいたいと思います。
ただし、本書の最終章は「子どもを手放すこと」です。
いくら子育てを楽しみながら続けたいと思っていても、やがて親離れ、子離れして、お互いの道を歩き始めることになるのですね。そのとき、「難しいのはむしろ子離れの方である」それを実感させられる最終章です。でも、親が亡くなってからも、子どもたちが幸せに生きていくためには避けて通れない道でもあります。ちょっぴり、しんみりしながら、その時の覚悟のために読んでおいていただきたいお二人の体験談であり、最後のレッスンです。
アメリカで“ベスト・オブ・ザ・イヤー”に選ばれたこの本、日本でも間違いなく“ベスト・オブ・ザ・イヤー”の一冊になると思います。
(「育てる会会報 137号」 2009.09)

「お薦めの一冊」目次へ