sorry,Japanese only

『 条例のある街 』
野沢 和弘:著 ぶどう社 定価:1700円+税
ISBN978-4-89240-187-9 C0036 \1700E

本書は、千葉県で初めて生まれた、いわゆる「障害者差別撤廃条例」、正式名では「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例」の、受胎からこの世に出るまで、その産みの苦しみを克明に記録した本です。
著者は、知的障害を伴う自閉症のお子さんを持つ、毎日新聞社会部副部長の野沢和弘氏です。氏は、この条例づくりの元となる「障害者差別をなくすための研究会」の座長を務められ、もっとも深く作成に関わり、もっとも多く挫折を味わい、そしてもっとも成立に力を尽くしてきた方でしょう。
本書の前半は、一般から公募された委員の方々、視覚、聴覚、身体、知的、精神という各分野の家族や当事者、支援者が集まり、条例作りに向けてバラバラだったものが、やがて大きなうねりとなっていく経過が書かれています。
最初は、それぞれが、自分の持つ障害がいかに大変で、いかに差別されているかということを主張しあうだけの研究会になってしまっていたそうです。それには、委員のみなさんそれぞれが、各障害者団体あるいは仲間達の代表として参加しているという意識から、条例の中に自分達の障害の差別撤廃を盛り込まねば・・・・という使命感があったのかもしれません。
そんな自らの障害のことについての主張を繰り返すまとまりのない研究会の雰囲気が変わってきたのは、県下から集まった800を越す差別事例の検討が終わったころからです。
障害の種別こそ違え、そこに集まったのは理不尽な差別に苦しむ人々の声だったのです。
「悲しいのはあなただけじゃない」
「障害の種類は違っても、障害当事者ならでこそわかりあえる怒りや悲しみがあると思う。そういう人々が一緒になって声を上げなければ、条例はけっしてつくれない」
それからの法案条例案作成までの流れは、大変ですが、それだけ実りのある苦労だったと言えるでしょう。
もちろん、そんな障害当事者の思いだけで、条例をつくることが難しいのは、その後も他府県に条例づくりの波がなかなか広がっていかないことをみても明らかでしょう。
それには「官と民が協働して」政策を立案していくという、堂本千葉県知事の政治姿勢(タウンミーティングに来賓ではなく、ただの一参加者として参加し、障害者の訴えに客席で熱心にメモをとる姿勢も含めて)や、それに応えるべく休日にグループホームを訪れ、知的障害の当事者委員のためにゆっくり内容の予習に費やす、厚生労働省から千葉県に出向されていた竹林障害福祉課長の、職責を大きく踏み越えた尽力があったからでしょう。
その意味、まだまだ地方の福祉行政(国も同じくかもしれませんが)は、それに携わる人の姿勢に委ねられているといってもいいと思える状態にありますね。
しかし、本書の後半は、その人たち、障害者のためにこの法案を成立させようとした人々が、政治家の思惑にまきこまれて、挫折を味わい、翻弄されていく・・・という、障害者を家族に持つ者にとってはいささかやりきれないものとなってきます。
千葉県政では、堂本知事の野党となっている自民党議員団の反対によって、条例案は廃案の一歩手前まで追い込まれ、やむなくいったんは取り下げられることとなります。
そこでは「堂本知事のスタンドプレーによる条例案など成立させるわけにはいかない」という議員団の意図が前面に押し出されます。また、条例案の作成に関わらなかった(公募に応じなかった)教育委員会の反対も大きな障害となってきます。それまで個人として、障害者の側に立っていた議員も会派の意向に従って条例をつぶす方向に動きはじめます。
読んでいてやるせないものを感じました。
それでも、知事が何度も自民党事務所に頭を下げてまわり、条例案も譲歩できるところは修正案を受け入れ・・・紆余曲折の末、形を大きく変えてではありますが、どうにか法案は日の目を見ることができました。
「不思議に涙は出なかった。あまりにもいろんなことがあったせいか、成立したときにもまだ油断ができないような気がして素直に喜びがわいてこなかった。」偽らざる思いでしょう。
それでも、この差別撤廃条例が出来上がったということは、日本の障害福祉行政にとって大きな意味があると思います。
元々保守地盤の強い千葉県において、このような先駆的な条例ができたということは、志のある首長が指導力を示せば全国どこでも条例が作れる可能性があるということであり、また役所がよく口にする「前例がない」という逃げ口上を覆せる前例ができたということですね。
正直に言うと、条例が成立するまでのことはもう思い出したくもない苦労ばかりだ。しかし、こうしたプロセスがこれからの地域福祉の大きな土台になっていくのではないかと思う。浅野さんをはじめとして、福祉に熱心な知事や市長が登場した自治体が、全国でも先駆的な福祉を実現し、牽引車となって日本の福祉を前進させてきた。ただ、そういう市長や知事がいなくなった途端に逆戻りしてしまう例も見てきた。
障害者や家族はどんな市長や知事になっても、その地域で生きていかなければならない。どんな政治情勢になっても、経済が悪化しても、障害者の生活を守っていくためには、地域にしっかり根ざした活動を続けていかなければならないと思う。
国や首長に期待するだけではなく、私たち自身が、地域の有権者と納税者の理解と納得を得る努力を続けていかなければ、障害者にとって暮らしやすい社会は実現しないのではないかと思う。
本書の巻末には、政治的思惑抜きで、当事者の声からできあがった当初の「条例案」と、政治的妥協の末に実際に成立した「条例」が比較できる形で載っています。それだけ、筆者たちの条例案への思いいれが強かったのでしょう。
次には、この条例案の思いを引き継ぐ形で、後に続く障害者差別撤廃のための法案や条例案が出てくることを願っています。
(「育てる会会報 111号」 2007.7)

  目次

はじめに
1章 なぜ、千葉で始まったのか
熱気の中で
千葉が動き出す
課長、グループホームへ
差別事例を集める
委員は公募
企業の人も参加
まとまらない研究会
数々の理不尽な思い
知的障害者こそ・・・・
2章 さまざまな顔をして差別はあらわれる
800を超える事例
教育分野の差別
問題は複雑に絡み合って
労働分野の差別
医療・福祉分野の差別
そのほかの分野の差別
さげすんだような目、冷ややかな感じ・・・・・
相手との関係性
3章 悲しいのはあなただけじゃない
エレベーターから追い出された人
「障害者だからといって甘えるな」
タウンミーティングの感動
明かりのなくなった街
輝く拍手の波
仮面の中の叫び
女子高生たちの寸劇
「勝利の女神だね」
4章 私たちの条例案ができた
教育をめぐる議論
罰則は有効か?
完成した条例案
名称
定義
前文と基本理念
関係者の責務
なくすべき差別
虐待の禁止
相談員と差別解消委員会
作業所と地域住民のあいだで
差別解消委員会
推進会議
どうして障害者差別は起きるのか
公平とはなにか
他人事ではないと
5章 壁 − 二月議会
県議会に提出
ニュースレター
集中審議での激論
継続審査に・・・・・・
冷たい春
雨の日の報告会
最後の夜
心が震えた光景
6章 世界は一センチずつ変わる
千葉県中を駆け回る
八代英太さんも駆けつけた
もう一度、なぜ必要なのか
評判の施設で起きた事件
親を呪縛から解放するには
裁判は人を幸せにするか?
失われた30年
裁判に代わる問題解決システム
勉強会の最大の山場
「一センチずつ変わっている」
7章 撤回 − 六月議会
激しい攻防
ボールは私たちに投げられた
条例の灯を消さないで
いったん取り下げ
こぼれ落ちる涙
8章 小さな軌跡 − 九月議会
朝顔を持って
議会に立つ
示された修正案
浅野史郎さんと
浮き足だって動いたら負けだ
土壇場で踏みとどまる
最終案に残ったもの
みんなで、議会へ行こう!
各会派を訪ねる
議会は面白い!
老政治家の胸の内
ハゼ一匹
常任委員会を通過
成立した!
それにしても、なぜ・・・・・
一枚の写真
 【資料】 条例原案と成立した条例
あとがき

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