sorry,Japanese only
『 言葉のない子と、明日を探したころ 』
自閉症児と母、思い出を語り合う
真行寺 英子 + 英司:著 花風社 定価: 1600円+税
ISBN4-907725-66-3 C0036 \1600E
我が家の本棚に、最近のカラフルな書籍に挟まれて少し色あせたコピーの束があります。昔お世話になった河島先生から、「今は手に入らなくなってしまったけれど、とてもいい本でしたよ」と手渡された本をコピーしたものです。
それが、真行寺英子さんの「マンホールのうた 〜自閉症児のわが子と明日を探し続けた母の記録〜」でした。一読して感動しました。ことばのないと思われていた自閉症児の中に、こんなにも豊かな世界が広がっているのか・・救われた思いがしたのを覚えています。
それから、さらに歳月が流れ、同じ本が花風社の社長の浅見淳子さんの目に触れることとなりました。
「自閉っ子、こういう風にできてます!」の司会ぶりでもお分かりの様に、自閉の世界に深い理解のある浅見さんです。この本の素晴らしさに気付かれて、早速著者の真行寺さんと連絡をとってくださり、再びこの本が世に出ることになったわけです。
浅見さん、そして浅見さんにこの本を紹介した滝澤久美子さんに感謝です。
本書のなかで、やがて言葉を獲得し「ぼくはね・・・」と幼い頃を思い出して語っている青年が、真行寺英司さんです。
昭和40年生まれですから、今はもう40歳ということになります。そして本書の元になった「マンホールのうた」の中が出版されたのは昭和56年ごろ、英司さんが養護学校高等部に在籍されている頃でしょうか。ここで描かれているのは、それからさらに遡ること10年余り、30年以上も前の、当時は「言葉のない」世界で暮らしていた母と少年の物語です。
「自閉症」というものが、ようやく認知されはじめた今とは違って、本当に何がなんだかわからない、どうしてよいか、何をすればよいか・・わからない時代ではなかったでしょうか。でも、その中で真行寺さんの子育ては、明るいのです。繰り広げられるのは、今も昔も同じ、多動な自閉症児の傍若無人(?)な騒動の数々ですから、ある意味今以上に悲惨な状態であったように思います。
その中で、お母さん、打ちのめされた様な状態の中で、吹っ切れたように明るくなることがあります。それはどんな過酷な環境の中でも英司くんを愛して、お父さんに愛され、妹の実穂ちゃんの愛らしさに救われ・・・家族が愛で結ばれているからでしょう。
相談機関でも、幼稚園は無理と言われ、養護学校の幼稚科に行くのさえ無理だと言われます。「NHK言葉の相談室では、自閉症のようだと言われました」 と話すと、そんな時代でした。
「自閉症?! NHKで? それは大変だ。お母さんね、このことは絶対口外なさってはいけません。自閉症だなどと知れると、小学校にも行けなくなりますよ」
最後の頼りとした教会の日曜学校でも
「集団の中にあって、秩序と規律が守れないようであれば、当方としてもお引き受けするわけには参りません。どこか他をお探しなさい」助けを求めている者に門戸を閉ざす教会があるなど、とうてい信じ難いことであった。信じ難い現実が、ここにあった。
私は前にもまして、憔悴の度を深めた。2、3日は、発熱のために起き上がるのさえ苦痛であった。「クソッ、敗けてたまるか」ざばざばと涙を流した後の私に、ふしぎな反骨心が目覚めるのを覚えた。
「クソッ、クソッ、クソッ」 英司が笑っている。
夫は日曜学校を断られたことに対して、少しの驚きも見せなかった。
「気長に探せば良いでしょう。英は専門家でも見放した子なんですから。断られても仕方がないですよ」
「クソッ。あの女、呪ってやる」 私は腕まくりをした。
「馬鹿なことを・・・」
「どうせ、私しゃ馬鹿ですよ」
「よしなさい。それでも母さんはクリスチャンですか。それじゃ普通の人の方がよっぽどましでしょうが」
「なんと言っても、呪ってやる」
「よしなさい。それじゃ電話に出たお姉ちゃんより、ひどいじゃないの」
「何がお姉ちゃんよ。鬼ババア、馬盗人」 私は息巻いた。夫は笑い出す。
「わはははは。馬をぬすめりゃたいしたもんでしょうが」
「父ちゃん、一体どっちの味方」
「もちろん、母さんの味方ですよ」 夫はいつも、何か余裕を持っている。
「あのね母さん、その教会ではね、きっと百匹目の羊を見つけ出した後だったのよ。だからさ、百一匹目までは面倒見切れないってことでしょう。でもね、九十九匹しか羊のいない教会もあるだろうし、百一匹目を拒まない教会だって、きっとあるはずですよ」
この夫があり、失意に沈む日々を辛うじて耐えた。
ご主人はクリスチャンではなかったそうですが、自閉症児の子育てに大切なのは、“父ちゃん”と同じように信仰よりも、生活の中での余裕の心なのかも知れませんね。
やがて、その通り、受け容れてくれる教会も見つかり、英司くんはやがて言葉も獲得しておしゃべりができるようになります。そして、本書の中でお母さんの書いた思い出のエピソードに、本人としてのその時々に感じたことを書いています。
その言葉のない世界は、私たちが想像しているような無意味で混沌としたものではなく、彼らなりの思いがある豊かな世界であったことがわかります。ただ彼らが言葉を持たなかったため、私たちには分からなかっただけ・・・
多動で突然走り出して行方不明になっても、大声で呼んでいれば見失った場所まで帰ってきていた英司くん。
ぼくはね、自分で引き返せる範囲で行動していたのよ。
ぼくが歩けば、ぼくの歩いたあとに地図ができるわけでしょう。ぼくは、その地図を引き替えしていたんですよ。
そんな英司くん、「マンホールのうた」が出版され、養護学校を卒業されたあとダンボール製作会社に就職され、今も同じ職場で元気に勤務されているそうです。
「甘やかしすぎるとたたかれたこともあります。でも必要なことを補佐するのは親の役目でしょう」「楽になりましたよ。とうてい今のようになるとは思えなかった。無駄なことは一つもありませんでした。」
子ども達の将来を眺めたとき、希望がもてて、明るくなる一冊だと思います。
(「会報 94号」 2006.2)
目次
最初に ・・・・・・・・・ 花風社 浅見 淳子
母さんの子守り唄
転居
水あそび
転居・その後
火は消すもの
ふしぎな習慣
偏食
「噴水、行く」
屁の唄
目線が合った
初めての友達
バイバイができた
ぼくのしるし
達磨のおしっこ
初めての漢字
観光バス
大野さん
見放され見捨てられ
幼稚園に行きたい
マンホールのうた
「ハバツ、バブ」
「買う、要る」
夕焼け富士
NHK母親学級
幼稚園入園前後
お祈りをしたい
ポンコツトラック
NHKキャンプ
玉井収介先生
NHK言葉の相談室
このごろの英司
職場実習
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