『 ぼくは うみがみたくなりました 』
山下 久仁明:著 ぶどう社 定価:1600円 + 税
ISBN4−89240−158−7 C0093 ¥1600E
「君の名前を教えてくれる?」「…………」
「教えてくれるだけでいいの」「…………」ぼくの名前はあさのじゅんいちです。
ぼくはおしゃべりがにがてです。「お名前は?」
お名前は? ときかれたら、名前を言います。
そうしないと、お母さんにしかられます。『あさのぉ〜、じゅんいちですぅ〜』
語尾上がりの口調で、淳一が元気よく言った。
やった! 答えてくれた!! 感動に似た感覚が明日美の背中をはしった。
めっちゃくちゃうれしかった。
これだけ、読んだだけでもうみなさんおわかりですね。そうです浅野淳一くんはハンサムな好青年です。自閉症という障害をもっています。
そんな淳一くんが、なぜか見知らぬお姉さん、明日美さんとステップワゴンに乗って海を見にでかけます。なにしろ、「ぶどう社」から初めて出版された “小説”です。小説なので、これ以上すじには触れられませんが、“初めて”という期待通りの、いえ期待以上の作品です。
そして上の一節を読めば、作者が自閉症のこと・・というよりも “自閉症の人” のこと、本人の気持ちというものをよく理解しているのもおわかりいただけると思います。それもそのはず、作者は自閉症児を持つお父さんです。インターネットをされている方でしたら、障害児の放課後活動の場「フリースペース つくしんぼ」を作られている「レインボーおやじ」さん、と言った方がわかりやすいかもしれませんね。
その「レインボーおやじ」さんこと、山下さんの本業はなんとシナリオライターだったそうです。私も実はこの本を読むまで、ご職業までは知りませんでした (^_^;)。さすが本業だけあって、お話は映画のように、その情景を私達の脳裏に浮かび上がらせながら、ぐいぐい物語の中に引きこんでいきます。
登場人物がみんなごく自然で、良い味だしています。間にはいっている自閉症の理解のための説明も、とてもやさしく、それでいて本質がよく伝わって、ぜひ自閉症をご存知ない学校の先生や地域の人にも読んでいただきたい小説です。(親戚の方でも、なかなか専門書までは読んでいただけませんので・・(^_^;)・・)読んでいて、年がいもなく思わず涙で目頭が熱くなるシーンもありました。でもそれは怒りや哀しみの涙というよりは・・共感の涙、というのが一番近いように思われました。
同じ障害を持つ親だからこそ、よりわかりあえる、言葉は表にださなくとも肩を抱き合えるような涙でした。月並みな表現ですが、潮風に吹かれて “心が洗われるような” 一冊です。
話はテンポよく、むしろ明るく進んでいきます。先にも書きましたが、主人公のカップル(?)よりも、むしろ、同行の老夫婦や、家に残るお母さんや弟の健二くん達が、実在感があって、みんな助演賞ものの演技です。これはやはり、脚本がいいからでしょうね。(無論、まだ、頭の中でくりひろげられるシーンなのですが・・)映画よりも、自閉症を広く理解していただくためには、ぜひテレビドラマ化していただきたい原作ですね。
コミックが好きな人には「光とともに・・」、小説が好きな人には「ぼくは うみがみたくなりました」、みんなで薦めて、みんなに読んでいただきましょう。
「ぼくは うみがみたくなりました」
応援サイト http://ktplan.net/anamama/(「会報 54号」 2002.11)