sorry,Japanese only

『 自閉症児 イアンの物語 』

ラッセル・マーティン:著 吉田 利子:訳 草思社 定価:1900円 + 税
ISBN4−7942−1102−3 C0011 ¥1900E


原題は「Out of Silence : a journey into language」、そして副題が「脳と言葉と心の世界」とあるように、本書は脳神経学者についての本を執筆したこともある著者が、自閉症の主に脳と言語の関係を科学的に考察しています。・・・といっても、著者は脳神経学の専門科ではなく、甥に自閉症児を持つ作家です。
したがって、その自閉症の原因の分析も作者が「こうだと思う、こう考える」と結論づけているという、作者の主張です。
作者によると、甥のイアンが自閉症となった原因は「百日ぜき」ワクチンの予防接種だったということです。そのアレルギー反応でミエリンという神経の軸索を保護する鞘(さや)の形成が阻害されて自閉症が引き起こされる・・・
もちろん、そう主張している専門家もいるでしょうから、もしかするとそれが正しいのかもしれません。もしかすると正しくないのかもしれません。

私はそのあたりの作者の論拠は、適当に読み飛ばしました。作者と同じく私も専門家ではありませんので・・
それより、やはり身につまされたのが、身内からみたイアンくんへの関わりと観察でしょう。
同じ家族愛だとしても、叔父と甥の関係、適度に冷静に、適度に愛情を込めて・・・文学作品にまで仕上がっていると思います。

後半は、いよいよ論議を呼んでいるFC(ファシリテーティッド・コミュニケーション)についての話です。
これまでの親(あるいは本人)の書いている書とは違って、少し離れているところから書いているだけあって、その見方は比較的冷静で公平(?)です。「こっくりさん」と批難している意見も含めて紹介しています。

「こんや あたらりしいほんをを よんでみたい。ゆうしょくは だいにんぐで たべたい。はちみつを たべってみたい。ぼくのかみを えでぃのように してほしい」 ところが、両親がその願いをかなえてやろうとすると、イアンはまるで殺されるかのような奇声をあげて、新しい体験に抵抗した。
彼の肉体的反応はつねにタイプする言葉の対極にあったので、クローディア(母)とボイス(父)は結局、蹴ったり、噛みついたり、奇声をあげたりにこれ以上は誰も耐えられないと判断するしかなく、イアンの望みは実現しないままだった。しかしそれでいいのかどうかも心もとなかった。

ハチミツを食べたいというイアンの求めは続いたので、クローディアはある午後、一匙でも食べさせてみようと決意した。抵抗しても口に入れてくれ、とイアンはタイプし、実際に抵抗した。奇声をあげ、蹴り、母親の手に血が流れるまで噛みついたあげく、わずかなハチミツがやっと口の中に入った。
「もう、二度とできないわ」クローディアは泣き、イアンも興奮していた。
だが、彼の言い分は違った。
「ちがう ちがう ほんんとに おいしい」 イアンはそうタイプした。

作者はこれを実話として紹介しています。でも私にはやっぱり懐疑的です。たしかに、これは実際にあったことかもしれませんが、そのタイプはクローディアの無意識が指し示したようにしか思えません。
クローディアの髪の毛を引っ張りながら、その苦痛にやめてと頼まれても 「ほんとうに ごめんなさい」 とタイプしながらも、そのあいだも母親の髪をひっぱりつづける・・・

そして、FCでは 「ぱぱとままを あいししている」 とタイプしながら、現実世界では反復行動とこだわり行動がますます強くなり、パニックをおこして爆発してしまうイアンがいます。
FCに捕らわれることなく、安定した生活を送れるよう療育を進めることが、イアンくんや家族の幸せにつながるのでは・・・そう思ってしまうのは私だけでしょうか。
やはり、FCについて書かれた本は「親の目からみた自閉症に対する問題書籍」の「注意して読むべき書籍」に入れざるをえないのではと思っています。

(2003.1)


  目次

1 診断
2 人は語らずにはいられない
3 嬰児期に捕らわれて
4 自閉症の正体
5 イアン、学校へ
6 ふたたび、かたことを話す
7 最大のパニック
8 「ぼくは じへいしょうだから」
9 愛にかこまれて

訳者あとがき


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