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嬉しい出来事

            K

 最近、うれしかった出来事です。

 娘の通う保育園では、毎年この時期 音楽フェスティバルに出場します。

 我が娘も、昨年末からほかのお友達にまじって練習をはじめ、園の先生方のご指導で、少しずつお友達と合わせて鍵盤ハーモニカがふけるようになってきました。とはいえ、娘の力では まだまだ全曲通して、きちんとふけるほど上達しているわけではありません。

 そのうえ、娘は見知らぬ場所や建物をとても怖がり、無理に入れようとすると大変なパニックに陥ってしまう子です。おりしも、今年の会場は 岡山市民文化ホールです。

 フェスティバルが近づくにつれ、私の心配は だんだん鍵盤ハーモニカが上達してくれることより、果たして市民文化ホールに娘がすんなり入れるか・・・、ホール独特の音の響きやライトを怖がらないか・・・、大勢の観客の面前で、落ち着いて座っていられるのかしら・・・、といったことの方が大きくなってきました。

 工事現場のワキを通るのも、天満屋周辺を歩くのも、楽しいはずのテーマパークでも恐くて足がすくみ、カチカチになっている娘を落ち着かせ、なだめつつ、ひと昔前の国会であった牛歩戦術のごとく、3歩進んで2歩下がるといった様子で、多分娘の障害が理解できない道行く人には、本当に奇妙な親子に見えていることでしょう。

 

 恐がることは目にみえています。でも方法はあります。
「事前にスモールステップで慣らすこと」です。
まず、岡山市民文化ホールの入口まで足を運んでみました。

 案の定、娘は入口に近づきません。
2回目、やっと入口まで入ってくれましたが、それ以上奥には進めません。
 思いきって保育園の園長に事情を話したところ、「フェスティバル前日の関係者打ち合わせの時間に、市民文化ホールに一緒に行ってきて、お子さんの様子をみましょう。」 快く言ってくださったのです。

 そしてフェスティバル会場下見では、最初娘は予測した通りの恐がりようで、建物の入口から中に入ろうとすると、
「恐い」「帰る、帰る」「クルマに乗ろう!」
と、私の手を思いっきり引っぱります。

 しばらくして園の先生方も、娘の様子を心配して
「大丈夫。先生もお母さんもいっしょだから。いっしょにいこうね。」
「明日はここでお友達と一緒に鍵盤ハーモニカするんだよ。楽しいよ。」
と、何度も声をかけて下さり、辛抱強く待ってくださり、娘と私につきあってくださいました。

 

 こうして、その日娘は恐る恐る入り口から少しずつ進んでいくことができました。
がらんとしたリハーサル室、廊下、そしてステージに上がるまでの暗くて急な階段、ステージサイト・・、このステージサイトでかなり躊躇して、やっと照明のついたステージへと入ることができました。
この間、1時間半くらいかかったと思うのですが、私には半日くらいの時間を費やしたように感じました。ステージに入った時には本当にホッとしました。そして先生も、一緒になって喜んでくださいました。

 先生には「明日の本番は、周りの雰囲気も違いますし、もし娘が取り乱しそうでしたら、無理に出さないでください。」とお願いしたところ、「みんなも一緒だから、大丈夫な気がします。これまでがんばってきたんだから、みんなと一緒にでようね。」と娘に声をかけてくれました。娘もこの頃には安心した様子で、表情がおだやかになっていました。

 

 当日の対応は、園にすべておまかせしました。
娘の席は、目立たない後ろの端から2番目です。
本番は、あちこちキョロキョロしては時々鍵盤をひくといった様子で、ひけないところはメロディに合わせて大きな口をあけて楽しそうに歌っているのが見えました。私も父親も、気がきでなりませんでしたが、取り乱すこともなく参加でき、娘にしては上出来でした。
無事に終わって先生方も本当にホッとされて、私と同じような気持ちで喜んでくださいました。娘もみんなからほめられて満足げです。

 

 実は園の方でもいろいろ事前に配慮してくださったようで、娘には直前まで先生がついて落ち着かせてくださったのと、本番中はカーテンの陰に隠れて、いつでも飛び出せるように待機してくださっていたということです。
 子供たちには昨年のビデオも見せ、当日のイメージづけもしてくださっていたようです。
フェスティバルの練習、準備で、ただでさえ大変な中、こうして気配りをしてくださった園には本当に感謝します。

 

 今回「こんなに恐怖心の強い子に無理に参加させなくても」という考え方もできたかもしれません。
でも、今回私が思ったことは、発表会の舞台でも、コンサート鑑賞に行くにしても、恐いものばかりの娘はいつもいろんなことが経験できません。大変だけど、スモールステップでやれば、みんなと一緒にやれることも増えて、娘の世界が少しずつ広がっていきます。

 そして今回のような経験は、園の協力なしでは決してできません。何をするにも困難さを伴う娘に、辛抱強くと関わってくださる方々がいてくださることが、とても嬉しく、心強く思った出来事でした。

「会報22号」(2000.2)

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