sorry,Japanese only

『 自閉っ子、こういう風にできてます! 』
ニキ・リンコ、藤家 寛子:著 花風社 定価:1600円+税
ISBN4‐907725‐63‐9 C0036 ¥1600E

最近、「自閉症の文化」という言葉をよく耳にします。自閉症の人たちは定型発達(いわゆる健常者)している人たちに比べて、決して劣っているというわけではなく、ただ文化が違っているという見方です。
特にアスペルガー症候群や高機能自閉症の方たちには、それは当然のことであり、私もそんな見方をしています。そして、視覚性が優位であり、「絵で物を考える」とか、シングルフォーカスで一つのことしか焦点は当てられないがその分深い集中力をもつとか、物事を字義通りにとらえてきっちりしている分だけ融通がきかなくていじめにあいやすいとか・・・ なんとなくわかったつもりでいました。
ところが、この本を読んで私の「なんとなく」が、なんと浅はかであったか、文字通り「カルチャーショック」を受けてしまいました。それほど、ここに描かれている自閉症の世界とは鮮烈で、私のいままでの想像をはるかに超えたものでした。
本の構成は、アスペルガー症候群と診断されている翻訳家のニキ・リンコさん(「教えて私の「脳みそ」のかたち」他)と作家の藤家寛子さん(「他の誰かになりたかった」)、それに進行役としてこの本の出版社社長の浅見淳子さんの、女性3人の対談の形で進んでいきます。
本来ならば、深刻な話にもなりかねないのですが、読んだ印象はとにかく明るい・・というか、とんでもない・・というか、なにせ想像を絶する オモシロイ(?)本です。
もちろん、まじめな対談なのですが、そこで語られている内容は定型発達の私たちとは、やはり文化圏が違っていて、別の世界の物語のようでオモシロイのです。
それも、地球上の他の文化圏の紀行記などよりも質がはっきり違っていて、やはり異星人的(SF的)文化の差異があったのだ・・・  そんな本です。
例として対談の中から1節 紹介しましょう。「コタツの中の脚」です。
ニキ 「それにしても藤家さんスカートはいてえらいですね。私スカート怖くてはけないです」
藤家 「おうちがお行儀とか厳しかったので、どこかにお出かけするときはスカートってしつけられたんですけど、ふだんはズボンの方がラクです。脚があるのがわかるから。」
ニキ 「そうですよね。スカートって脚がなくなるから。」
藤家 「だからこうやって、スカートのときって腿をつかんで確かめたりするんです(両手で両腿をつかむ)。」
浅見 「はあ? 脚がなくなるって、どういうことですか?」
ニキ 「コタツも脚がなくなってこわいですよね。」
藤家 「脚なくなりますよね、コタツに入ると。私一回それで、やけどしたことがあります。見えないから、コタツの熱いところに脚を押し付けていたのに気づかなくて。雨は痛いんですけど、熱には鈍いみたいなんです。「じゅ」って音がしたんで気づいたんですけど。」
ニキ 「コタツから出るときって、やっぱりコタツ布団めくります?」
藤家 「めくって脚の位置を確かめないと立てないですよね。」
ニキ 「そうですよね。私もコタツ布団めくって、脚があるのを確かめて、それを引き寄せて立つ、って全部これマニュアル作業です。」
藤家 「それがふつうですよね。」
ニキ 「でも定型発達の人はそうじゃないらしい。」
浅見 「コタツ布団めくらなくても、わかりますね。中に脚があるのも、どのへんにあるのかも。だって自分の脚だし。」
ニキ 「どうも、どこからどこまで自分の身体なのかがつかみにくいんですよね。」
藤家 「そうそう。」
ニキ 「テニスする人とかいるでしょう? どうして手じゃなくラケットにボールが当てられるのかすごく不思議です。」
藤家 「不思議ですよね。」
「不思議ですよね、ってじゃないだろう!」 と思わずツッコミをいれたくなりますね。
「不器用の正体みたりアスペルガー」って盗作風の俳句(?)も浮かんできました。
確かにコタツの中に脚を入れたらなくなっちゃうような人たちに、ラケットにボールを当てろという方が酷かもしれません。
そして求められているのは、それやこれやをわかった上での支援だと思います。
定型発達の人からみれば当たり前のことが当たり前でなく、逆に当人たちが「みんなそうだと思っていた」というお互いの感覚のズレ・・・お互いもっと知りあわなくてならないことは多いと痛感させられた本でした。
実は今回、藤家さんのお母様が朝ご飯を作りおきして出勤していたというお話をうかがって、そういえばうちの母も、鍵っ子だった私に、おにぎりを作っておいてくれたことを思い出したんですよ。
それでこのあいだ、電話でお礼とお詫びを言いました。今思ったら、私がよくおにぎりを残して、ジャーのご飯をよそって食べてたのは、外から具が何だかわからなくて怖かったみたいなんです
うちの親、かわいがってはくれてたんです。それだけに「声が甲高くなる」とか「具が見えない」なんて。思わぬポイントが障壁になってたのがもったいなくて。
ちょっと声を落とす、声を張り上げなくてすむよう近くへ呼んでから話す、紙に書いて見せる。
おにぎりは赤じその混ぜ込みで具なしにする、全部梅干しと決める、ジャーのご飯をよそえるんだからもう作らない。
そんな工夫で避けられることも多かったわけでしょう?
ですから、これからの人たちがそういうもったいないすれ違いを避けられるようにするのが、私の役割かなあと思っています。
そんなニキさんのインタビューがありました。
「そんな工夫で避けられることも多かったわけでしょう」
“そんな工夫” の大事さを伝えていくのは、ニキさんだけでなく私たち自閉症スペクトラムに関わる者たちみんなの役割だと思います。
「もったいないすれ違い」をいかに少なくして、本人もまわりも生きやすく、幸せになるための間をつなぐためのお薦めの一冊です。
(「育てる会会報 80号」 2004.12)

  目次

  〈マンガ〉 明るい自閉的毎日(1)
この本が生まれるまで
  〈マンガ〉 明るい自閉的毎日(2)
第1部 気まぐれな身体感覚
雨ニモマケズ
季節の風物詩
くしゃみに拍手
自閉は身体障害?
コタツの中の脚
身体がなくなる!
自分の体取り戻し用マニュアル(by 藤家 寛子)
バトルフィールド東京
眠れない幾多の夜を越えて
自閉グルメ談義
ご飯食べに行こう
自閉 & BODY
  〈マンガ〉 明るい自閉的毎日(3)、(4)
第2部 幸せな世界観(かもしれない
  〈マンガ〉 明るい自閉的毎日(5)、(6)
神様のパシリ
クラスメートは学校の備品
学校に行くのか、学校が来るのか
浅見さんも人間なんだ
モノと人の区別
おすもうさんと啓蟄
春と東京とおすもうさん(by ニキ・リンコ)
肌の白い黒人はエラい?
俺ルール
いじめられっ子としての役割意識
親はシナリオを読む人
親とのかかわりを原因と考えた時期(後日メール by ニキ・リンコ)
選択肢以外の選択を思いつけない
親は「出待ち」
親とのつながりが見えてきた
私に「お父さん」ができ始めた事実。(by 藤家 寛子)
「ずしりと受け止める」ことの危険
新幹線に穴を開ける私
飛行機を墜落させない私
魔女とお姫様
パンが増やせる私は神様
おすもうさん(後日メール by ニキ・リンコ)
想像力の障害?
頭の中の郵便仕分け係
閉じた情報の環っか 俺ルールの世界に生きる人々(by ニキ・リンコ)
なぜ講演のたびに謝礼の額が変わるか
抗うつ剤がくれる「すておけ力」
顔を覚えるこつ
罪悪感が生まれるまで
いつでも戦闘配置
不得意なことこそがんばらなきゃ?
かわいがられても怖い理由
他人の目を気にする、ってどういうこと?
異文化コミュニケーション
  〈マンガ〉 明るい自閉的毎日(7)、(8)
第3部 自閉の生活法・序論 ニキ・リンコ インタビュー
エキゾチック・ペットの飼い方
食いしん坊というモチベーション
本人を信用していいか
自閉のすみか
介入について(後日メール by ニキ・リンコ)
すみかへのこだわりについて(後日メール by ニキ・リンコ)
睡眠時間
エキゾチック・ペット用飼料
飼育係とペットを兼ねる

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