sorry,Japanese only

『 あの扉のむこうへ 』
     「自閉の少女と家族、成長の物語」
藤家 寛子:著 花風社 定価:1600円+税
ISBN4‐907725‐64‐7 C0036 ¥1600E

以前にも会報のお薦め本コーナーで紹介した自伝「他の誰かになりたかった」や対談集「自閉っ子、こういう風にできます!」に続く藤家寛子さんの作品です。
ただこの本をどのように紹介したらいいのか迷いました。先日講演をお願いした成澤達哉さんが書かれた「myフェアリーハート」においては、主人公が女の子ということもあって、“高機能自閉症者の方、ご本人が書かれた小説”と迷うことなく紹介できたのですが、この本の場合は小説と言っていいのかどうか・・・ノンフィクションのボディにフィクションの衣装をまとった作品・・という印象です。
日本には昔から私小説というジャンルがありますが、それは読者と筆者の間に感性を共有することにより成立するわけですね。ジェットコースターに乗っているように異次元の感覚に翻弄されるような、この本にはちょっと私小説という名称もあたらないような気がします。
一方で、ご本人からの紹介にある「童話」という説明も、高機能な自閉症の方と関わることもある私たちにとっては、正直いって「ゆめちゃん」の日常があまりに現実的過ぎて身につまされることもあり、少しイメージが違うような気がします。
そこであえて、ジャンル分けはしないで、副題にある通り、ここでは一つの「物語」として紹介させていただきます。
この物語は小学校に入学したばかりの「ゆめちゃん」と「こころお母さん」のお話です。
プロローグとエピローグはそんな明るい二人の今の暮らしが描かれています。でも本文ではちょっと様子がおかしいのでは、と気になりだしてからの、告知を受けそれを受容できるようになるまでのこころお母さんの葛藤、悩みが描かれています。
同じ所を通り抜けてきた私たちには昔を思い出して「・・だったね」と思わず共感してしまいます。
一方でゆめちゃん、そんな大人の思惑とは関係なく、なんとかこの世界に合わせようと健気に生きています。
藤家さんとニキ・リンコさんとの対談集「自閉っ子、こういう風にできます!」を読まれた方はおわかりのように、高機能自閉症やアスペルガー症候群の方の感覚の過敏さはちょっと私たちの想像を超えているところがありますね。
ゆめちゃんも同じ状況にあり、しかもそれが人と違っているということにまだゆめちゃん自身気がついていません。
突然泣き出したゆめちゃん、それが台所のキッチンハイターの臭いに耐えられなくなったせいだとは、こころお母さんも気がつきませんし、ゆめちゃんも伝えることを知りませんでした。まだ障害を告知される前のことです。
おそらくこのキッチンハイターの臭いが苦手だというのは、藤家さん自身の感覚なのでしょう。そこで突然泣き出したゆめちゃんは、幼い頃の藤家さんだったと思います。この本を読んだ私たちはそんなこともあるのか、と改めて、パニックをおこしたときは子どもの周りにあるものを別の視点から見直さなければと痛感させられたエピソードです。
そして、告知を受けてから、それまで本を読むことが苦手だったこころお母さんもがんばって本を手にとるようになりました。まずは、正しい理解を持つことの大切さと適切な対応を知ることの大切さも、さりげなく教えてくれています。
また一方で、たとえ知識はなくても家族の温かさでゆめちゃんの暮らしを心地よいものにすることもできることを教えてくれる本でもあります。
みんな、ずっと先のことを考えすぎて、暗くなってしまったのです。つつじおばさんも直おじさんもそうでした。
でも、学おじいちゃんは、ただ一言、ポツリとつぶやきました。
「一番辛いのは、ゆめなんだろうなぁ」
そう言って、おじいちゃんは泣き始めました。涙の粒がぽたぽたと膝の上に落ちています。
学おじいちゃんが泣く姿を見たのは、十希子おばあちゃんでさえ初めてでした。
「ちょっと先のことだけ考えよう。あまり先のことは考えすぎないで」おじいちゃんはそう言って、涙をぬぐいました。
「あせらずに進んでいこう。これからも、私たちが家族であることには変わりないのだから」
 初めて、こころお母さんが実家に行って、障害について話した夜のことです。
 実際には、藤家さんが診断を受けたのは20歳を過ぎてのことでした。10数年前には高機能広汎性発達障害と言っても知らない人が多かったと思います。でも今は少しずつですが認知されるようになり、こうした本も出版されるようになりました。
 「こんなふうに指導してもらったら、もっと幼稚園生活を楽しく過ごせるはず」
この本が多くの人に読まれ、先輩の藤家さんからのメッセージが今の子ども達のために活かされることを願っています。
(「育てる会会報 85号」 2005.5)

  目次

どうしてこの本を書きたかったのか。
 1 プロローグ
 2 涙のわけ
 3 迷路の入り口
 4 出口を探しながら
 5 出口の先にある長い道へ
 6 募る不安
 7 ひとすじの希望
 8 努力への道
 9 ゆっくりするから見えてくるもの
10 クリスマスの願い事
11 みんな仲良くしたいのに
12 スマイルマークに弓矢をはなて!
13 ひとりじゃないから
14 ランドセルに託す未来
15 みはらし小学校に向かって
16 エピローグ
〈 藤家寛子エッセイ〉
 
 今さらごめんね 2004・夏
● ナスのはさみ揚げが「気持ち悪い!」だったワケ。
● 雨の日は「絶対学校に行かない!!」のワケ。
● 結局、一番なついていたのはお母さんだったこと。
● 私に「お父さん」ができ始めた事実。
● ミラクルウーマンだった祖母。

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