父 の 押 入
弥高山にて
就学前にお世話になっていた「バンビの家」(自閉症児療育施設)の
『父子療育キャンプ』でのスナップ
思えばこのあたりが、「父の押入」の始まりのような気がします。
その頃から、あちこちに載せてもらったり、
メモ替わりに書きとめておいた原稿のページです。
とりあえず押入に放り込んでおいたものを、
少しずつ引っ張りだしてUPしています。
なにしろほとんどがOASYSの5インチフロッピーです。
ですから、順序も療育方針の変遷もバラバラになりそうです。
ほんとに押入のままですが、もしよかったらのぞいていって下さい。
親の目から見た 自閉症に対する問題書籍
98年、夏休みの宿題で自閉症協会岡山県支部に提出したレポートです。
これは、WORDで作成していた為、最初にUPできました。
障害者年から家族年へ
これは、逆に私がこの中で一番最初に書いた文です。
まだ、哲平が幼稚園の頃、「山陽町精薄育成会報」(今思えばすごい名前ですね)に
寄稿したものです。町内全戸配布だった為、結構反響ありました。
最後の結び「我が家の目標は今年も、そしてこれからも同じものになりそうです。」
ホントに同じものになっています。
この『てっちゃん通信』のページの最初の文にそのまま繋がっています。
私の子育て奮戦記
平成8年「バンビの家 父親の会」の子育て実践報告、私の順番の時に
みなさんに配ったレジメに加筆・修正したものです。 (平成12年
加筆)
元「私の子育て実践報告」です。
私と家族の子育ての中から、なにかお役にたつものでもあればとの思いです。
あるお母さんが言われたように、私達の子育て、後から来る人のために小石を
落としていくようにして・・ 私の落とした小石です。
もし道しるべにでもなれば幸いです。
トトロと哲平
自閉症協会兵庫県支部姫路分会の20周年記念の『あゆみ』に載せて
いただいた原稿です。(平成8年)
妻には「甘い! 甘すぎる!!」と言われた文ですが、これも私のたどってきた道、
「押入」の名にふさわしい思い出の一文です。
就学について
旭川荘バンビの家の父親の会、会報『ばっぼ
つーしん』 2号に投稿した文です。
(平成7年 一部
加筆・訂正)
就学時を思い出して、一つでもお父さん方のヒントになるものでもあれば、と書いた
拙文です。
ペンギンのパパ、乾杯
これは本当に押入の隅にはさまっていた、おまけです。
友人が山陽町内向けに発行しているミニコミ紙のコラム欄に、なにか、と頼まれて
前日の茶の間の出来事をそのまま書いた短文です。
少々情けない (^_^;)
けど、すなおな気持ちです。